中国の都市部では夫婦が共働きが前提であるがゆえに外食が多いことを知っている人も少なくないでしょう。そして、特に揚子江よりも北のいわゆる江北のエリアでは火鍋が大きな選択肢になります。そして「中国の火鍋王」と呼ばれている成功者がいます。彼のことを紹介します。

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中国、特に北京などの江北エリアで少々仕事をした経験がある方ならこのロゴを見ればピンと来るでしょう。“呷哺呷哺(XiabuXiabu:シャブシャブ)”というブランドで全国展開をしている火鍋店で、どちらかと言えば“刷羊肉”と呼ばれる、日本で言えばまさにシャブシャブのお店です。日本語由来と思うところですが、福建省や台湾の方言である“闽南話(ミンナン語)”からとった名前だそうです。

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この火鍋店ブランドを立ち上げたのは賀光啓という台湾人です。彼の父親は宝石ビジネスで業をなした成功者でした。1979年当時、賀光啓の父親はビジネスを大陸に持ち込み、最盛期の保有資産は5億元に達しました。賀光啓自身は宝石ビジネスには興味がありませんでしたが、1996年から父親のビジネスを引き継ぐことになりました。しかし、中国の景気がそれほど良くなかったこともあり最終的には失敗。5億げんあった資産は底をつき、失敗を目の当たりにした人々は賀光啓を嘲笑したそうです。

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そんな彼を慰めに数人の友人が北京の火鍋店に連れて行きました。そこでは、ほぼ全ての火鍋店が銅製の鍋と木炭を使って火鍋を提供していました。賀光啓は同時に、当時の台湾で電磁路が使われ始めており、かつ大勢で鍋を囲むスタイルだけでなく、一人鍋スタイルが流行していることに気づきました。賀光啓は台湾で流行り始めたこの方式を大陸に持ち込んだのです。

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北京で仕事をしたことがある方なら上記の写真にあるような一人鍋スタイルの火鍋店を覚えていらっしゃることと思います。このスタイルを開拓したのが賀光啓の呷哺呷哺でした。

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彼はまさか自分が火鍋店を始めるとは夢にも思っていませんでした。また、もちろん、ここまでの規模に拡大することも想像していませんでした。すでに全国には600を超える店舗を誇り、賀光啓自身が「華人いるところに呷哺呷哺あり」と豪語するまでになりました。

父親が作り上げた5億元の資産を食いつぶした賀光啓でしたが、最終的には大成功を遂げました。2000年当時、経済発展の最中にあった中国、台湾や日本に成功モデルがゴロゴロと転がっていました。先進国からアイデアを大陸に持ち込み、リスクをとることによって成功者となることができた時代です。このようなモデルはこれから望みにくいのかもしれませんが、全く無いということでもありません。皆さん、大陸に持ち込める日本のモデル、思いつきますか?

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