中国通の皆さまは、北京にある翠宮飯店(ジェイドパレレスホテル)をご存知でしょうか。北京市が誇るハイテクパークである中関村に用があった方ならご存知かもしれません。このホテルが中国ECモール大手の京東(JD)グループに27億元で買収されました。このホテルは北京の名だたるIT企業家にとっても縁があるホテルです。その歴史、経緯について紹介します。

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翠宮飯店を100%で完全買収したのは北京京東尚科信息技術有限公司という企業であり、中国EC大手である京東世紀貿易有限公司、いわゆるJD本体の完全子会社、法定代表もJDグループのトップである劉強東です。

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買収後の用途について、JDグループの広報副総裁である宋氏は「オフィスです。このホテルの西側には研究開発に携わる方が多く、招聘するにも便利ですから」と答えています。JDグループとしても集団の海淀区におけるイノベーションの象徴として位置付けていくとの方向性を示しています。

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翠宮飯店は1987年に、”首創”と呼ばれる大企業である北京首都創業集団によって登録資本金4.8億元で設立されました。宿泊、飲食、レジャー、ショッピング、オフィスを一体化したいわゆる複合施設で、中国基準のファイブスターホテルでした(現在はファイブスターの資格は取り消されています)。

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2002年にはスティーブン・ホーキンスが2回目の中国訪問で北京を訪れた際に翠宮飯店に宿泊しています。2008年の北京オリンピック当時には海外からの旅行客やメディアの宿泊先となりました。

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翠宮飯店の1階には”豹王咖啡”というカフェがあります。このカフェの常連に現在は小米(Xiaomi, シャオミ)のトップである雷軍がいました。当時、雷軍は”金山”というソフトウェア会社の総裁兼CEOでもあり、エンジェル投資家をしていた頃でした。実際、雷軍が率いる金山ソフトウェアは2003年まで翠宮飯店のWest Towerにオフィスを構えていたのです。

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小米が誕生するきっかけとも言える翠宮飯店ですが、経営層はみな1960年代生まれで、非常に古風な経営手法を採っていました。先ほどのカフェのオーナーの話によると、2006年にカフェをオープンして依頼、家賃の値上げは一切ありませんでした(中国では毎年家賃を上げることが普通です)。その他の店舗も含めて、賃料以外の一切の費用を徴収することはありませんでした。

その一方で、管理は非常に厳格で、例えば毎月の店舗に対する検査があり、食器の洗い方などについても細かなガイドラインを守るように徹底した指導がなされていました。店舗側は、翠宮飯店の経営層を冗談で「警察」と呼んでいたそうです。

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そのような経営方針が影響を与えたのか分かりませんが、2012年以降、翠宮飯店の経営状況は悪化の一途を辿ります。建物の修繕費用などもかさんだ結果として毎年の損失は2,000〜3,000万元を計上していたようです。そして、2016年経営が立ち行かなくなった翠宮飯店は営業を停止した後、二度と再開されることはありませんでした。

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寺村がNRIに所属し、北京に駐在した当時、オフィスは中関村にありました。地下鉄の知春路駅から科学院南路を歩いて15分ほどで到着する融科咨詢中心というオフィスビルでした。このビルにはなんと現在中国のファンドランキングでも上位を占めるLegend Capitalの本部も入っていました。非常に慎ましいオフィスであったことを覚えています。

いずれにせよ、1960年代生まれが作ったホテルが小米の前身を育み、幕引きは京東(JD)が行うという、ある意味感傷的なストーリーと言っても良いのではないでしょうか。

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