中国福建省の最大手小売チェーンが業績不振で22店舗を閉鎖しました。創業者の陳発樹はフォーブスの富豪ランキングにも掲載されたことがある福建省の小売王と言われた男。彼はすでに小売業から次の業態での成功に向けて頭を切り替えています。中国人は商売人、ただでは転びません。

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中国福建省の小売チェーンの勇が22店舗を閉鎖

長期的な事業損失と度重なる戦略転換と調整も虚しく希望が絶たれました

中国の小売店舗チェーンである”新華都”が2019年5月29日に福建省漳州市の延安広場店に上記のような内容のお知らせを掲示しました。そして同店舗と大田県にある大田鳳山店、南昌県にある南昌金沙店の合計3店舗を営業停止としたのです。そして、このお知らせの掲示と3店舗の閉店に先立ち新華都は19店舗を閉めています。

先の19店舗の閉鎖に伴い新華都が計上した損失は7,532万元(約12億円)、そして今回の3店舗の閉店に伴い1,895万元(約3億円)を計上しており、合計で15億円が消えたことになります。

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小学校を中退し材木加工工場へ、創業者陳発樹のサクセスストーリー

1995年に福建省の省都である福州市の商業中心、東街口に百貨店を建てたのが新華都の第一歩でした。それから3年間で福建省内で店舗を拡大し、大型小売店舗業態の先駆けとなりました。それから二十数年、出店エリアは福建省から他省に及び、創業者である陳発樹の不断の努力もあって、2018年の財務報告によると、新華都は143店舗まで拡大、そのうちスーパーマーケットが127店、百貨店が7店、スポーツ用品店が9店であったとのことです。

陳発樹は貧しい家で生まれ、小学四年生までで学校に通うことができなくなり、その後は材木加工工場へ働きに出ていました。そして、大人になっていくに従い彼は、このまま村に残って老いていくことには耐えられないと思い、なけなしの貯金を片手に福建省随一の都市である厦門市(アモイ)に向かう鉄道のチケットを手にしたのです。

彼がアモイに着いたのは21歳の時、彼が唯一できる仕事であった木材取引の仕事を始め、最初の取引で1,000元(現在では約16,000円)を稼ぎました。これは当時、都市の生活者が1年で稼ぐ金額です。ビジネスチャンスの到来を感じた彼は鉄道を利用した木材取引事業で頭角を現し、程なくしてアモイに自分の家を購入するに至りました。

1988年、とある雑貨店のオーナーが、そこにオート三輪で商品を納入していた陳発樹に当該店舗を事業承継しました。8㎡に満たないこの小さな店舗が今日の新華都の原型となることは彼自身も想像することはできずにいました。

前述のように1995年から拡大を続けた新華都は2008年に深セン証券取引所に上場します。2009年には219億元(約4,720億円)の個人資産を保有することでフォーブスの中国富豪ランキング11位に掲載され、福建省の”小売大王”と呼ばれるようになりました。

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小売王から製薬王へ。陳発樹に見る中国人のたくましさ

ECとニューリテールの荒波に巻き込まれて頓挫した新華都と陳発樹ですが、実は雲南省の地方国有製薬メーカーである”雲南百薬”の大株主になっています。2016年に陳発樹は254億元(約4億円)を投入し雲南百薬の41.5%の株式を取得しています。その後も株式を買い増し、現時点では45%を保有しています。

2018年9月18日に雲南百薬が上場準備に入ったことを発表しました。2019年の当社の董事会で承認され、2019年4月24日には中国証券監督管理委員会の批准も下りています。

雲南百薬の法定代表人はすでに陳発樹となっています。新華都により一代で富を築いた彼の第二の人生はこの製薬メーカーとともに歩むことになりそうです。機を見るに敏、ある事業で成功したとしても常に代替案に投資することを忘れない中国人のたくましさを彼の中に見ることができます。

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