事実は小説より奇なり、を地で行く経済事件。上海、香港、シンガポールに上場企業を持つコングロマリットのトップに君臨する女性経営者が公安当局に身柄を拘束され取り調べを受けています。そしてなぜか流れ弾に京東が当たっています。

_

事の顛末

2019年7月5日に上海証券取引所に上場する博新股份は、董事長である羅静が6月20日に、財務総監である姜紹陽が6月25日に公安行政当局に刑事理由で拘留されたことを公表され取り調べを受けていることを公表しました。

博新股份の董事長として紹介した露静ですが、1971年に香港で生まれ、香港科学技術大学のMBAを取得、1996年には香港で承興国際集団を創業、今ではグループ傘下に承興国際控股(香港)、博新股份(上海)、Camsing Heltcare(シンガポール)と上場企業を複数保有するスーパーコングロマリットとなるまでに成長させた女性企業家です。

露静董事長拘束の公式発表の当日、博新股份はストップ安、承興控股に至っては発表から一週間で市場価値の80%を失う恐ろしい結果となっています。そして、この80%の雷を落としたのは、2003年にセコイア・キャピタルからシード出資を受け、今ではニューヨーク市場に上場するプライベートバンクグループである諾亜财富(Noah Private Wealth Management:ノア)でした。

羅静董事長などの身柄拘束の公式発表後の2019年7月8日、今週のニューヨーク市場が開ける前にノアグループは、グループ傘下にある上海歌斐資産管理公司(以下:歌斐資産)が承興国際控股に対して34億元(約544億円)に渡る第三者としての“サプライチェーン融資”を提供していることを公表しました。

承興国際控股のトップが”詐欺の疑い”により公安当局に拘留されている状況下、歌斐資産はファンドの管理者として各種の権利行使と法的措置を採ることで投資者の利益を保護する、と発表したのです。

一連の流れを受けてノアグループの株価は連日20%を超える下落幅を記録、市場では5億ドル以上が失われています。そして、この株価下落は上述したサプライチェーン融資の焦げ付きを心配した結果と推測できますが、それだけではありませんでした。メディアでは、ノアグループが承興国際控股の大株主であり、6.5億株を保有しているという情報が駆け巡ったことも影響しているようです。

実際、スマートフォン上の株式売買アプリで承興控股を銘柄で調べると、ノアグループ傘下企業である歌斐資産、上海諾亜投資管理有限公司、創世革新企業系輝私募基金、諾亜(上海)融資租赁有限公司の名前がずらりと表示され、その持株比率の合計は62.8%にまで達するのです。

融資の貸し倒れリスクだけでなく、トップが不祥事を興した企業の親会社として見られたノアグループの株価が暴落するのも納得できます。この状況に対しノアグループは、

1. ノアグループは承興国際控股の株主ではない。株式譲渡を受けているのではなく、あくまでもサプライチェーン融資の担保として株式を押さえている。

2. 株式売買アプリでノアグループが大株主として表示されるのは香港証券取引所の規定で、主要株主だけでなくその株式を担保にとっている主体も表示され、更に担保をとっている主体の実質的支配者も併記されているためである。

と説明しています。担保として株式を押さえていたのは歌斐資産ですが、その親会社が同株式数・同額で併記されている(ノアグループの董事局主席の汪静波もも併記されている)ためにノアグループ全体として60%以上の持ち株比率であると誤解されるようなアプリ側の表示であったということですね。これは、株式売買アプリがよろしくないですね。場合によっては損害賠償請求を受ける可能性もあるのではないでしょうか。

さて、事件に戻りますが、この取引の期日が2019年6月19日であることに注目して下さい。公式発表によれば羅静の身柄が拘束されたのは6月20日ですから、その前日に株式担保の実行、すなわちノアグループ企業である歌斐資産から承興国際控股に対するサプライチェーン融資がなされたことになります。

ノアグループとしてみれば翌日に融資先のトップが逮捕されてしまったというのは「青天の霹靂」ということになるのでしょうか。

ノアグループの董事局主席である汪静波は投資家や取引先を安心させるために社内スタッフに対して下記のようなメールを送っています。そして、そのメールの中にあるある下記の文言が更に新たな憶測を呼ぶことになります。

私たちが組成・運営するコアファンドの一つのターゲットは、承興国際と北京京東世紀貿易有限公司の間で交わされた売上債権を裏付けとしたサプライチェーン融資である。

突如として出てくる「北京京東世紀貿易有限公司」とは中国EC大手の京東(JD)のことです。ノアグループはECマートであるJDとサプライヤーである承興国際との間の商品売買におけるサプライチェーン上でキャッシュフローを融通する名目で融資を行ったということで解釈できます。日本で言えば商社金融です。

さて、突然舞台上に登らされたJDですが、下記のような状況説明を公式に発表しました。

1. 広東承興控股集団有限公司は弊社にとっての通常のサプライヤーであり、一定量の取引は存在する。今回、弊社が1ミリも状況を知りえないところで、承興は弊社との契約について詐欺行為を行った。現在弊社も公安機関に対して捜査強力を行っている。

2. 上海歌斐資産管理有限公司から弊社に対しては契約書の真実性の確認を含めて一切の接触が行われなかった。このことは上海歌斐資産管理有限公司のリスク管理における重大な欠陥が存在することを意味している。

3. 自らのリスク管理能力の欠陥を第三者の責任にすり替えることはやめていただきたい。上海歌斐資産管理有限公司が弊社を起訴した行為については理解しがたい行為である上、弊社に対する重大な名誉毀損である。弊社としては上海歌斐資産管理有限公司が事実を顧みて行動することを期待してはいるものの、法的措置を採ることについても手段を常に留保している。

これに対し、ノアグループは

1. 承興国際はJDのサプライヤーであり長期に渡る大量の取引がある。

2. 歌斐は既にこのサプライチェーン融資について承興とJDを提訴した。

3. 歌斐は現在公安行政当局の取り調べに積極的に応じており、最終的な結果を待っている。

と受け答えとは言えない声明を公式に発表しています。ここまでが、今日時点での公開された情報です。

_

中国ECを支えるサプライチェーン融資とそれを支えるデッドファンドの存在

ここからは推測ですが、ノアグループの立場からすると、6月19日に承興国際控股が彼らとJDとの間での架空の売買契約書に基づいてノアグループから34億元の融資の実行を受けたことで、公安行政当局がトップの羅静や財務担当トップの身柄を拘束し、取り調べを開始したということになりそうです。

ノアグループは架空の契約書についてその相手方であるJDも提訴しており、JDはその点については寝耳に水であることから捜査に積極的に強力しているという構図になりまし、潔白が証明されればノアグループを名誉毀損で提訴することになりそうです。

ECマートとサプライヤーの間にあるサプライチェーンにおけるキャッシュマネジメントを補完するかたちでの融資をデッドファンドとして商品化したのがノアグループということになります。中国のECサイトでは大量の商品が動きますから、その間の流通をファイナンス側で支援するビジネスが成り立ち得るということです。

承興グループも上海、香港、シンガポールに上場する企業を抱えるコングロマリットですから、それぞれのエンティティでは現預金相当物を保有しているはずですが、何か別の思惑が介在していたのかもしれません。いずれにせよ、事実は小説より奇なり、を地で行く事件です。