常日頃から思っている問題意識です。周辺の企業人でまともなマネージャーを見る機会が非常に少なく、構造的な課題として非常に強い危機意識を持っています。

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日本の40歳台から50歳台までのマネジメントにおける層の薄さ

僕と仕事をしたりとかじっくり話をする時間がある方であれば、僕がこの話をすることを聞いたことがあるかもしれません。日本の未来を現状からの延長線であまり楽観的に思えないことの本質はここにあります。

マネジメントの定義として、10人以上のチームのリーダーとしてプロジェクトを効率的・効果的に推進することとした場合、自分の周囲を見渡しても、接触しているクライアントを眺めてみても、同世代、もしくは10歳ほど上で優秀だなと思えるマネージャーを思いつくことができません。

一方でプレーヤーとして優秀な人は結構います。プロフェッショナルファームや、成長を求めない小企業の独立経営者などです。ところが、東証一部上場に代表されるような日本の経済を支える基盤としての大企業の中では、お目にかかったことはほとんどありません。プレーヤーとしてあってもです。

それは、そういった世代の人々が大企業の終身雇用制度の中で、マネジメントクラスに上がってきているためで、結果としてプレーヤーとしての能力を見定める機会が少なくなってきているためだと思われます。ただし終身雇用とは言え、大企業の中で昇進するためにはプレーヤーとしての能力も少なからず問われるはずですから、優秀だったと類推することができます。

では、その上の団塊の世代に優秀なマネジメントは存在したのでしょうか?

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団塊世代にもマネジメントは存在しなかった

存在していたと思います。結果としてGDPが世界で第2位になり、耐久消費財も行き渡り、誰もが最低限の生活より良い暮らしを手に入れることができるようになった訳ですから。

では、どこにマネジメントが存在したのかと言えば、それは国家にあったということで説明できます。新幹線計画、所得倍増計画等、国家がグランドビジョンを描き、税制度により大企業に財を留保させつつ、大多数の国民が属する従業員に対しては終身雇用と年金制度という社会保障システムを構築することで、前述した成果を出した、すなわち成功させたのです。

このやり方は、帝国主義における富国強兵政策のやり方と同じです。日本政府はやり方も知っていましたし、世界のトップリーダーに追いつくためには上記のやり方が非常に適していたということになります。

やや話が脱線しましたが、団塊世代であったとしても、そこには広義のPDCAという観点からのマネジメントは、国民側には存在していなかったということになります。国家が国民をマネージし、国民はそのシステム、エコシステムの上でプレーヤーとして価値発揮をしていれば、将来は保障されたのです。

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日本人には大きな組織のマネジメントはできない

割と過激なメッセージになりますが、あえて極端に書きました。結局のところ、ポストモダンにおいて日本という国は、国民側でマネジメントを成功させたケースは無いのです。

その上、団塊世代の雇用を護るために、自らの雇用を絞られた団塊ジュニアを含めた氷河期世代は、大企業の正社員になったとしても、団塊世代が守られてきたはずの社会保障システムを支えるために、自らはそのシステムの恩恵を受けることができないという矛盾の結果としてプレーヤーとして前線に立ち続けるしかなかった訳です。

国家主導の富国強兵政策によって世界のリーダーになった日本ですが、本来の帝国主義では、そこから植民地を広げることによって安価な労働力や資源を手に入れることをしなければ、自国の富を維持することができなくなります。植民地政策が得意なのは欧米の民族であり、他の民族で成功したのは中国大陸くらいではないでしょうか。また、第二次世界大戦で敗戦国となった日本にとって、それがたとえ経済的なものであったとしても帝国主義的、植民地主義的な政策や戦略を採ることは、グローバル社会が許してくれません(NTT DoCoMoの3Gなど)。

労働力、資源の面で勝てないのであれば、(全要素)生産性を上げること、誰でも分かることですがイノベーションを起こすことです。イノベーションを起こすためには、不思議に思われるかもしれませんがマネジメントが重要なのです。

大企業がイノベーションを起こすためには、リスクの低い既存事業で得られた収益を、ハイリスクの新事業に振り向ける必要があります。戦略とは捨てることです。そして、捨てることを決断することと、拾ったものをしっかりと育てていくことこそが広義のマネジメントの本質です。

捨てることは簡単ではありません。既存事業に従事する人々に、彼らの血と汗によるキャッシュを別の事業に振り向けることを納得してもらわなければなりません。また、キャッシュを振り向けられた当事者たちは、既存の事業とは全くことなるリスク・リターンの世界で勝負することになるのですから、その方たちが存分に能力を発揮できる環境をつくる必要があります。

論理だけでなく、人の心も掌握しなければならないのです。この全てがマネジメントです。そして、翻ってマネジメントがしっかりできていると思える企業が日本にどれほどあるのでしょうか。

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弊社が中国・中華資本にこだわる理由

人はなかなか変わりません。ですから、資本再編により外国資本を入れ、日本人の習慣では変えられないマネジメントを構成する要素について、構造ごと変えてしまおうと考えたのです。

資本が入ったからと言って、人をリストラするということではありません。マネジメントを至上に置くことにより、適材適所が見えてくるという考え方です。終身雇用で年功主義的な人材配置ではなく、かと言って西洋主義的なプロフェッショナリズムの極を目指すわけでもなく、その中間の東洋的なあり方を模索することを企図しています。

皆さんも、日本、日本人にとってのマネジメントとは何であるか?について考えてみて下さい。そして、ぜひとも良い議論を巻き起こして行きましょう。