中国台湾メディアが報じる柴静の「穹頂之下」から見える習近平政権の思惑
公開後すぐに1億再生回数を突破したとされる、元CCTV記者 柴静さんによる記録映像「穹頂之下」ですが、大陸での反応の物凄さに対して、台湾の有名雑誌「天下」が3月1日にすぐにWeb上で記事「なぜ大陸人はこの記録映像に熱狂しているのか?」を発表しました。大陸人のコメントは冷静なものも感情的なものも含めて入り乱れている状態で、整理した形でのコメントを載せることができないため、大陸をある意味客観的に見ている台湾人の目線からの評価を借りて、この記録映画の内容に触れてみたいと思います。
アップロード後24時間経たずに4,000万人近くが閲覧、コメントは5万以上、そしてその数は今現在も上がり続けている。一体どのような記録映像が、このような熱狂を持って受け入れられるだろうか?
それは春雷のようだった。一部で議論されることもある中国の「濃霧」に関する調査報道が、全人代の直前に炸裂したのだ。中国で最も実力のある人々が一同に会し3月3日から北京市の人民大会堂で開催される全人代。彼らは既にスマホを手に熱く会話を交わしているはずだ。「穹頂之下」を見たか?と。
全ては一瞬で起こった
2月28日、「穹頂之下」がYouku(優酷:中国の動画配信サービス)で公開されてから24時間が経った頃、既に再生回数は3,000万を超え、コメントは5万を超えており、その勢いは更に加速度を増していた。
人々を刮目させたのは、微信上で狂ったように議論されているこの記録映像のプロデューサーが、母親であり、一市民でもある、そして以前、中央電子台(CCTV)の有名な記者であった、その人、柴静だったからだ。
現在39歳の柴静は、2003年に「新聞調査」の記者を担当。SARSと台湾震災における環境調査報道で有名になった。
私の柴静に対する印象は、私が2010年に「天下」の北京特派員となった際にいつも彼女の報道を見ていたことだ。カメラの前の柴静は控えめな化粧で、ショートカット。インタビュー時には殆ど微笑むことはなく、視線は鋭く、言葉は研ぎ澄まされていた。2014年、彼女はCCTVを離職する際に、最も実力のあるメディアを離れた後の彼女に一体何が見える(看見)のだろうと揶揄する人は少なくなかった。(「看見」とは非常に売れ行きがよかった柴静の著作のタイトルでもあり、この場面では皮肉)。
沈黙を守っていた彼女だが、実は密かに1年の時間を費やし、自費で調査を行っていた(彼女自身の話では調査費用は100万元:2,000万円)。調査の対象は、「見えない(看不見)黒い敵」だ。中国の大気にはPM2.5と呼ばれる微粒子が漂っている。スティーブン・キングの「Under The Dome」の中に、透明な力場に包まれた小さな街が登場するが、今の中国は正に大気汚染の青空の下にあるのだ。
2010年、北京では、街を歩く、手を繋ぎ、一方の手にはショッピングバッグを持つ恋人たちでマスクを着けている人を見かけることは少なかった。今の北京は常にこの濃霧が漂っている状態、上海や華東も徐々に影響を受けている。大都市が山西省の炭鉱村と同じように汚染されているのだ。
この「濃霧」、国際的なメディアではかなり早い段階で報道されていたにも関わらず、中国政府はこの国家級の安全問題について向き合わず、実質的な行動を採択することもしてこなかった。
しかし、ひとつのいかなる組織もバックグランドに持たない柴静が、新任の環境保護部長である陳吉寧を一晩スクリーンに釘付けにした。習近平政権でのこの2年間、言論の自由が大幅に縮小したと感じられたこの2年間、この日曜日の一日、この記録映像が中国の官僚を問い詰めた。
では、この104分の「穹頂之下」は何を暴露し、何を変革するのか?
時間を2014年の1月まで戻そう。柴静は彼女自身、調査を始めようと思ったきっかけ、同期について振り返る(以下、映像の中から):
「2013年1月の北京は、25日間「濃霧」の状態でした。当時、私は陝西省、河南省、江西省、浙江省に出張に出ていました。感じることができるのは喉だけです。それでも、空を見上げてみれば、25の都市と6億人を飲み込む大「濃霧」でした。北京に帰って来た後に、私は自分が妊娠していることを知りました。普通、女性にとって心踊る瞬間ですね。私は何も期待をしませんでした。彼女が健康で生まれてくれさえすれば、と。しかし、彼女は良性腫瘍があると診断され、生まれた後にすぐに手術が必要になると告げられました。出生直後に麻酔を受けるのです・・・。私はその後離職し、彼女を見守ることにしました。でも、帰り道、いつも怖かった。空気からは焚き火のような味がしました・・・。この「濃霧」は2ヶ月続きました。このことは、私にこの「濃霧」がすぐに無くなるものではないことを思い起こしました。10年前に山西省で生活していた時の空と全く同じだったのです。」
記録映像の中で、柴静は非常に個人的、かつスター的な方法を採用、まるでTED Talkのように舞台中央に立って話をした。彼女は、聴衆である若者たちに囲まれ、彼女自身のストーリーを用いて、スクリーンに映しだされたツインテールにした女の子の後ろ姿を背景に語りかけ、会場全体は非常に感動的な雰囲気となり、涙を流す人もいた。
彼女は3つの問題を提起した。「この濃霧は何か?」、「どこからくるのか?」、「中国はどうするべきか?」だ。
司会をしている時と今回の語り口調を比べると、柴静はこの記録映像の中で相当に明快だ。彼女が話をする速度は台湾の記録映像である「看見台湾」における呉念真の数倍だ。話が終われば、動画が始まる。大部分が彼女の第一線の経験を活かした取材に基づいた記録である。殆どの記録映画が見る人をつまらない気持ちにさせるが、それが全く無い。この記録映像の中でスターは彼女のみ、その他の大部分の登場人物の出演時間は30秒を超えることはない。話す言葉は短いが、強い力を持つ。例えば、彼女が山西省の女の子と交わす対話を紹介しよう:
「星を見たことはある?」
「ないよ」
「青い色をした空を見たことはある?」
「少しだけ」
「白い雲を見たことある?」
「ないよ」
カメラはずっと少女の幼い顔を写したままだ。全てが簡潔で力があり、人を動かす。
これは成功するための演出だ。カメラは常に若くて母性を持つ聴衆の表情、憂う目元を捉え続ける。柴静はしっかりと舞台上で歩み、抑揚を挟み、情感を伝える。その現場にいないとしても、彼女の設定したフレームワークから逃れることはできない。
一人の母親として始まった後の104分間、「あの濃霧は何か?」、「どこから来るのか?」、「中国はどうするべきか?」についての解釈が記者の脳裏を貫く。
柴静は真剣だ。真相を探求するために、24時間PM2.5採取器を背負って実験を行ったり、進んで漆黒の石炭工場の中に入ったり、公権力でも取り締まれない悪質なディーゼルトラックの現場を直撃したり。病院ではタバコを吸わない患者の胸を開いた結果、肺の中に真っ黒なリンパ球が見つかる。極めつけは、雲南省の宣威市にある虎頭村、そこは世界中で肺がん発生率が最も高い土地の一つであるが、そこで彼女は、一人の病人の上に一枚の紙を載せても、彼が血が混じった咳により紙一枚を脇にどける力も失っているのを目撃する。
柴静は深く理解したことを分かりやすく話す。浮遊する粒状化物質PM2.5を説明するために、彼女とチームはアニメーションを制作し、身体への影響を分かりやすく説明する。登場する主人公のPM2.5は特徴が良く出ており、BGMは中国で有名なロック歌手である左小祖咒を採用した。大衆に「濃霧」の厳重さを説明するために、彼女は米国NASAに申請し、中国華北地区(北京が含まれる)の過去10年間の衛星画像を手に入れた。
柴静は問題を探求するだけでなく、解決方法も探す。果敢に政府関係者に疑問を投げかける。フォーカスは「中国大気汚染防止法」で、この法律に関係する3つの行政執行機関に対してインタビューを行い、政府が何もしてこなかったことを証明した。また、ロンドン、LAを訪れ、この2都市が歴史上に酷い大気汚染を克服してクリーンな都市となったことを例示し、聴衆に全てを悲観し、絶望する必要が無いという希望を見せる。
更に柴静が独特だったのは、伝統的メディアに頼らないのは当然として、インターネットという新メディアを選択し、かつ週末の夜中、人々がゆっくりと落ち着いた頃を見計らって、一年間の調査結果を一気に公開したのだ。
そう、それは少し「濃霧」の感じのする夜だった
一人の母親の道徳が高みを作り、一人の記者の企画が奏功し、一人の市民としての背景がリアリティを醸し、この一夜の衝撃を作り上げることに成功した。
更に全人代の直前のタイミングを選び、柴静はYouku(優酷網)の他に、人民網(中国で最も重要な新聞のWebサイト)の中で、次の全人代では、過去一年間、民主法治と自由主義の萌芽に異議を唱え続けてきた内容が無視され、そのフォーカスが環境保護と「濃霧」になることは免れられないと話した。話題は中国国内の政治闘争にまで及び、この闘争は自然に無くなり、議題は自然に(環境問題と「濃霧」問題に)フォーカスされるとまで話した。
無論、「穹頂之下」は「中国夢(チャイニーズドリーム)」の巨大な負の影響だ。柴静は中国人記者の記者魂を覚醒させ、公益的な職人意識を呼び覚ますことに一定の効果があるはずだ。結果的に苦しみ、傷んでいる中国には、更に多くの情報公開と、積極的な行動が必要となる。
出所:天下
編集後記:
如何でしたか?自分の最初の感想は、「繁体字」は難しいというものです(笑)。それは置いておいて、いずれ、誰かが日本語字幕を当てると思いますし、自分としてもこの記録映像については詳細について内容と背景を分析してみたいと思いますので、ここでは、この記録映像の概要についてメモ的に本当に簡単にまとめたいと思います。
全体:
- 濃霧と直接的な因果関係は立証されていないが肺がんが増加
- 濃霧は山西省など炭鉱地区だけの問題ではなくなった
- 華北、華東、それ以外でも深刻
- 原因は、自動車、発電所、工業(鉄鋼)、建築(粉塵)がメイン
自動車:
- 劣悪なディーゼル車と、品質の低いディーゼルオイル
- ディーゼル車はユーロ3, 4級と言いつつユーロ1レベルが走行
- 偽装販売業者の存在と摘発が追いつかない現状
- ディーゼルオイルは業界標準の基準が低い
- 業界標準は業界当事者の石油メジャー(中国石化など)が決める
- 中国石化などは環境保護部が石油についての専門性が無いと断言
- 更に猛烈な自動車保有量
- これには、駐車場の料金の値上げなどの規制強化が必要
発電所・鉄鋼:
- 材料として使う石炭の品質が低い
- 石炭を洗浄していない
- 小規模な発電所が数多く存在、効率が悪い上に技術力が無い
- 落伍した業者を淘汰すると巨大な失業問題が発生
建築(粉塵):
- 現場に十分な設備が導入されていない
- 現場のオペレーションが徹底されていない
- これに対しては投書電話(12369)が有効
ざっくり過ぎますが、このような感じです。
さて、ここからが自分の意見です。色々と繋がっていると思います。表面上ほど簡単なことでもないと思います。柴静には強力な後ろ盾があるはずです。国家のトップ級だと思います。そうでなければ、インターネット系とは言え、全国配信をこれだけ長い間できるはずがありません。また、人民網に声明を載せることもできません。むしろ、すぐに捕まるでしょう。この動画の中で攻撃されている対象は、大手国有企業です。特に鉄鋼、発電、石油関連、すなわち昔から非常に力が強かった超巨大な中央系国有企業です。当然、共産党幹部の登竜門となっており、その中で貸し借りの関係が発生、党内の争いの火種になります。
画像の中に強烈な一言があります。中国石化の方がインタビュー上で、「もうどうしようもない。企業は太りすぎた。それも水ぶくれだ」と話す部分があります。当事者からこのコメントを吐かせるだけでも相当に強烈なインパクトがありますし、背景に巨大な力が動いていることが分かります。一方で、弊社のブログで以前に紹介をしたように、中央・地方系国有企業の統合についてこの全人代で強烈なメッセージが出るとされています。それは、112社ある中央系の国有企業を50〜60社まで再編するというものです。実際に、昨年度、発電系、鉄道系で大きな合併がありました。それを加速させようというものです。
環境保護、大気汚染改善という大義名分の下、大鉈をふるい、それまでは党閥の隠れ蓑となっていた国有企業を一気に統合してしまおう。そして、コントロールしやすくしよう、そういうことではないでしょうか。これは悪いことではありません。合理的なやり方で、最終的に環境保護、大気汚染改善につながっていく政治的シナリオです。人民網で「政治闘争が背景にある」とまで言及した柴静の言葉の裏側には、この揚子江のような大きな流れがあると考えても不思議ではありません。全人代で習近平国家主席が何を目玉に打ち出してくるか、そこに大きなメッセージが込められているはずです。