春節が迫ってきています。僕の妻は、正月(新正月)を日本の実家で僕と過ごすことが多くなりましたが、その時に「ぜんぜんお正月の感じがしない」と良く言います。なんとなく分かるような分からないような、そういった僕の複雑な気持ちの由来がどこから来ているのか、昨年の帰省時の再掲です。

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中国は江蘇省淮安市の片田舎にある”陳庄”。ここが僕の義理の祖父母の実家。”陳庄”とは名前の通り、”陳さんの村”ということで、田んぼの真ん中に一本道があってその片面に並ぶ家々の人々の名字は皆”陳”です。他にも”劉庄”とか周りにたくさんあります。
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2018年6月帰省時の再掲

僕が以前中国で乗り回していた銀色のMazda2(マツダのDemio)は義理の姉のものになっていますが、妻に運転してもらってこの村に来るのが僕にとっての中国での大きな楽しみのひとつ。
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この村、集落は全体で10戸くらい。車で入ると、道の傍ら農作業をしていたり、車座になって話をしているのは老人ばかりで、こちらに気づくと一瞬警戒心の強い奇異な目を向けますが、妻が訛りの強い言葉で一言二言挨拶を交わすと、ニコッとした笑顔と、とてつもなくデカい声で歓迎してくれます。
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皆、かなり近いところで生まれ育ち、この集落自体も兄弟、姉妹だったり従兄弟だったり。だから、祖父母の家でくつろいでいてもすぐに誰かがやってきて、凄まじくデカい声でワイガヤが始まります。
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僕が日本人だということを知っているにもかかわらず、猛烈に訛りの強い方言でガンガン話しかけてきます。「kさrjかえいおrじぇいおじゃら?なあ?そうだろ?」みたいに。満面の笑顔で。ハエとか蚊とか飛びまくっていて、それこそとまられまくり、刺されまくりで。それが楽しいんだよね。
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こんなところにも旧日本軍はやってきて、村人たちを殺していったそうです。妻曰く、「こんな田舎にまでよく昔の日本の軍隊は来たよねえ」って。
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僕は真偽のほどは知らないし、そこに対して直接的な責任を負うつもりも毛頭ないけど、そういった歴史の積み重ねが、僕らを取り囲んでいるんだなと。事実として。
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人が生きようが死のうが、世の中はそれでも動いていて、その中で僕らは瞬間を生きるしかない。その瞬間の事実と感情が真実であり、それが過ぎ去っていった過去に対する過度な感傷に意味なんてほとんどない。あったとしても、それは個人の物語として小さな箱の中にそっと置いておく。
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そういうことをいつも教えてもらい、気づかせてもらい、思い出させてもらう。この風景を見て。だから何度でも来るよ。
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