今では中国だけでなく全世界的に当たり前の個人による動画配信からのインフルエンサーとなる道のりですが、中国における開祖の一人”papiちゃん”が音楽版権の不正利用で窮地に立たされています。

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先に行動があり、後から規制がくる中国

インフルエンサーであり、創業時には本名の姜逸磊でもあり、マイナス部分のニュースが流れた際には、お昼ごはんを口に含めたまま涙を流した敏感な一人の女性でもあるpapi醤(パピーちゃん)。

彼女がインフルエンサーになった経緯は誰もが知るところ、2015年の年末に「papi醤」は上海語と英語を交えたショートムービーをポストしたところから始まりました。内容はコメディタッチで、自身の生活でままならないことや頭に来たことなどをショートムービーとして発信し続けました。人はパピーちゃんのことを”美貌と才能を兼ね備えた女子”と表現します。

パピーちゃんの公式アカウントは翌年4月には数千万人を超え、2016年のトップインフルエンサーとなりました。当時のパピーちゃんは自身の豆瓣アカウントの中で、

私のことをインフルエンサーと呼ぶのをやめて欲しい!それに私は淘宝網(Taobao:タオバオ)にお店も出してないよ!

とつぶやいたことが話題になりました。

人気になれば叩かれます。2016年4月18日、人民日報が声明を発表、パピーちゃんが自身の番組で多様する”卧槽”や“CAO”などというスラングが公序良俗に反するため改善が必要ということで、その日の夜に全てのインターネットサイトからパピーちゃんの番組が見られない状態となりました。

人気の絶頂にあるパピーちゃんにこの事件が影響を与えることはなく、数日後の4月21日にはある化粧品会社がパピーちゃんを使ったインターネットバナー広告に2,200万元(約3億5,200万円)を投下し、それを手にしたパピーちゃんは母校に全額を寄付するという出来事もありました。

当時のパピーちゃんは、現在では当たり前となっているインターネットショートムービーの先駆けとして風穴を開ける存在でした。同時期には”紐約(紐育)留学女”や”富士康(フォックスコン)張全蛋”などの著名なショートムービークリエイターがいましたが、彼女は早くからあることに気づいていました。彼女は、個人のIPは長続きすることはなく、早期からプラットフォーム化の必要があることに気づいていたのです。そして、彼女はpapitubeを立ち上げました。

papitubeは”罗辑思维”や”真格基金”、”光源資本”などのVCの出資によって設立されました。彼女は自身とpapitubeの将来についてメディアから質問を受けた際に、芸能界入りすることを目標としていると話していました。

実際、パピーちゃんはその後映画への出演を果たしていきますが、結果としては酷評されることとなります。彼女はインフルエンサーから大衆のスターを目指した訳ですがその試みは失敗していしまいます。2019年7月25日の百度指数は3,000, 2016年には20万以上あったスコアの1%まで激減してしまったのです。

その後、papitubeも含めて内容の改革を行い、微信(Wechat:ウィーチャット)や抖音(中国本家Tiktok)などを駆使して流量を増加させてきたのですが、その努力に水を差す出来事が発生します。

2019年7月23日に、パピーちゃん自らが管理する公式アカウントである”Bigger研究所”が配信時に使用したBGMが、北京音未公司の著作権を侵害しているということで、同じくパピーちゃんが管理する”papitube”が北京市のインターネット裁判所に告訴され、受理されたのです。この告訴を受けてパピーちゃん側は、権利意識が弱かったことを認め、関係する全てのコンテンツをインターネット上から削除しました。

裁判はまだ行われていませんが、インフルエンサーとしての早すぎた成功は、大きな代償をもたらしたと言えそうです。