架空の物語「37年」より
2064年3月の朝、山藤製作所に、一通の通知が届きました。
差出人は、37年前に同社へ出資した事業会社です。
「貴社の経済株についての取得条項の事由が、本日、充足しました。当社が保有する経済株は、無配当・無議決権の劣後株式に切り替わります。」
余計なことは書かれていない、端的で事務的な一枚です。
末尾の署名にある担当者の名前は、いま、この会社で働いている人は誰も知りません。
会社と人物はすべて架空です。
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私たちの決断と捨てた3つのこと
この3つを手放すことが設計の起点で、以降の構造はすべてここから決まります。
会社の価値は、どこで生まれているのか。
決算書に並ぶ数字は、結果です。源泉ではありません。価値を実際に生んでいるのは、そこで働く人たちのあいだにあるものです。誰が誰を信頼しているか。言いにくいことが言えるか。異論が出たときに、どう扱われるか。水面から下にある領域です。
ところが投資家が見ているのは、水面から上だけです。財務諸表、事業計画、面談での受け答え。数値と、表面上の正しさ。
水面の下は見ません。見ないまま、そこから生まれた価値だけを、売却益として受け取って出ていきます。価値が生まれた場所に、果実が返っていません。いまの投資は、関係性が生み出した価値を掠め取る構図になっています。
だから、水面の下を扱います。
人と人のあいだで実際に起きていること、つまり 健全性 (右天秤) を、数字と戦略、つまり 経済性 (左天秤) と同じ重さで載せます。これが両天秤です。投資判断の重心を関係性DDに置いているのも、投資したあとも両天秤で関わり続けるのも、そのためです。
関係性が整うと、そこに眠っていたポテンシャルが出てきます。そして結果として、経済的にも繁栄します。順序が逆ではありません。数値目標を置いて人を動かすのではなく、人が生きている状態をつくると、数字は後からついてきます。
そのとき、繁栄はひとつの場所に溜まりません。投資家へは配当として。働く人へは持株会の配当として。会社へは、売られずに済む時間として。そして関係性そのものへは、それを両天秤で支え続ける仕事として。掠め取る先がどこにもなく、全体に行き渡ります。
わたしたちは、これが本当の資本主義だと考えています。
決断とは、どちらかを選び、どちらかを捨てることです。両方は取れません。
わたしたちは、会社が生き続けることを選びました。そのために、売却益と、レバレッジと、内部収益率という物差しを捨てました。
どれも、いまの投資の世界では強みそのものです。手放せば、数字の上では確実に見劣りします。それでも手放します。この3つを持ったまま、水面の下を扱うことはできないからです。
売らない
売却益を取りません。投資期間は30年以上、実質は無期限です。売る予定がないので、経営者が数字をよく見せる動機が消えます。
借りない
投資先にレバレッジをかけません。返済期限という「取締役会に座っていない発言者」を、意思決定の場から締め出します。
IRRを最大化しない
内部収益率を勝負の物差しにしません。IRRの最大化は企業の寿命を削る方向に働くため、その競争から最初に降ります。
構造とお金の流れ
投資家は売却益を受け取りません。受け取るのは配当だけです。法人が発行済株式の3分の1超を直接保有していれば、受取配当等の益金不算入により、その配当は益金に算入されません。ただし投資家法人自身に借入がある場合は、その支払利子に応じた金額が配当額から控除されます。控除の対象になるのはファンドや投資先の借入ではなく、投資家法人本体の借入です。
時間のプロセス
何を、いつ、誰が決めるか。投資判断の重心が、財務DDではなく投資前の「関係性DD」に置かれています。
通常のファンドが投資後に手を入れるのに対し、この設計は投資前の見立てに重心を置きます。企業が潰れる最大の原因を「市場でも資金でもなく、経営チームの関係の崩壊」と置いているため、そこを投資前に見抜けるかどうかが全体の成否を決めます。
投資より前に、株主名簿を整える工程が入ります。スチュワード株・経済株・黄金株を入れるには、定款変更が要ります。定款変更そのものは特別決議ですが、いま普通株式を持っている人の株を種類株式に変えるには、その株主全員の同意が要ります。持分がわずかな株主でも、1人が反対すれば入りません。連絡が取れないだけでも同じです。疎遠になった親族や退職者に株が散っている会社では、先に買い取って株主構成を整理するところから始まります。
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誰に何が起きるか
既存のベンチャーキャピタル、プライベート・エクイティとの違い。
| | 既存のVC・PE | この設計 (構想) |
| 期間 | 10年 (保有は3〜5年) | 約37年から62年。売却を前提としない |
| 評価軸 | 内部収益率、マルチプル、時価総額 | 配当の安定性と、事業の耐久性 |
| 投資家が受け取るもの | 売却益。現金になるまで食べられない | 配当。毎年、実際に食べられる |
| 組み方 | ファンドに集めて分散する。10社中9社の失敗を許容し、1社の爆発で回収 | ファンドを作らない。1件ごとに投資家が付き、投資先の株式を直接持つ |
| 外れの扱い | 外れ枠を前提に置く | 外れの枠を置かない。組んだ会社は残す前提 |
| 負債 | レバレッジで収益率を上げる | かけない。不況時に安売りを強制されない |
| 経営陣との関わり | 数値目標で管理する | 投資前に見立て、投資後は両天秤で関わり続ける |
出資する側
事業法人 / 財団 / ファミリーオフィス。1件につき1社から2社
- 内部収益率20%は約束しません。既存のVC・PEが狙う水準には、数字の上で届きません。
- 毎年、実際に受け取れる配当があります。含み益ではありません。
- 外れの枠を前提に置かないので、下方向の振れ幅が小さくなります。そのかわり分散も効きません。1件ずつの見立てで決まります。
- 売らなくていい自由があります。不況時に安値で手放す必要がありません。
- 売らないので時価が立たず、評価額が苗木のまま子孫へ渡ります。
- 劇場の観客席ではなく、バックステージから見られます。年に一度の全社合宿に席があります。関係性が動く現場に、投資家として立ち会えます。
- 財産だけを渡すと3代で尽きると言われます。渡せるのは金額ではなく、価値観のほうです。
投資を受ける側
投資先の経営チームと、そこで働く人
- 売られません。数年後に誰かへ売り渡される前提で、経営しなくて済みます。
- 短期の数値目標を、現場に降ろされません。
- 借金を負わされません。返済期限が意思決定に口を出しません。
- 経営の自主性は渡しません。投資家は33.4%超を持ちますが、議決権がありません。舵取りは、スチュワード株の2株にあります。投資先で次に経営を担う人と、外から役を担う人が1株ずつ持ちます。
- 従業員も配当を受け取ります。投資家が卒業した日に、議決権が持株会へ移ります。同じ日に、売却した元オーナーが持っていた黄金株1株が、スチュワードの側へ渡ります。会社はそこで働く人たちのものになります。外に残るのは、社名とパーパスの変更を止める1株だけです。
- 経営会議で何が起きているかを、外から見て言う人が入り続けます。社内では立場があって言えないことを、言う役です。
- 借金と売却の圧力がないので、3年後ではなく10年後に花開く研究開発に、手をつけられます。
何のための構造か
売らない、借りない、内部収益率を最大化しない。3つを手放して守ろうとしているもの。
守ろうとしているのは、会社のアライブネス (生命感) です。
事業が「腐る」というのは、組織が生命力を失って、いまの経営者個人と運命を共にするしかなくなった状態を指します。承継できないのは後継者がいないからではなく、その人がいなくなると成り立たない形になっているからです。
量的な拡大は、アライブネスが溢れ出した結果として自然に起きるなら歓迎します。投資家のリターンを計算するために、現場に強要することはしません。
これは順序の話です。数値目標を置いてから人を動かすのではなく、人が生きている状態をつくり、そこから溢れたものを分かち合います。関係性DDと両天秤を投資判断の中心に置いているのは、このためです。
配当は、現場への負債にならないか
この設計がいちばん不誠実になりうる場所。先に書いておきます。
配当の複利成長を私たちが義務づけると、現場は増え続けるノルマを背負います。これは労働者が投資家に対して、完済できない負債を負っている構造と変わりません。永遠に配当を受け取り続けるモデルは、ここで簡単に搾取に転びます。
だから、成長を義務にしません。成長は、義務ではなくオプションとして置きます。誇るのは成長率ではなく、不況下でも関係性が壊れず、誰も解雇せずに済むレジリエンスのほうです。
配当は、健全な関係性という庭に実る季節の果物です。豊作の年もあれば、土を休める年もあります。
権力と富を、分けて持つ
スチュワード・オーナーシップ。会社を売買できる商品でも個人の私有財産でもなく、その存在意義のために存在する独立した生命体として、法的に定義し直す仕組み。
スチュワードとは、執事のことです。預かったものを自分のものにせず、次の人へ渡します。わたしたちが投資先で担うのは、この役です。
この役はD5のものではありません。いまD5が担っているというだけで、案件ごとに、担える人が担います。退任するときは次の担い手へ渡し、持ち続けることを前提にしていません。広げたいのはD5ではなく、この役のほうです。
原則は2つです。舵取りは、事業に深く関わり使命に責任を持つ人だけが持ちます。外部の投資家に買われることも、血縁で自動的に相続されることもありません。そして利益は、それ自体が目的ではなく、存在意義を果たすための燃料として扱います。
議決権のみ — スチュワード株
スチュワード2人が1株ずつ
投資先で次に経営を担う人と、外から役を担う人です。いまその外側をD5が務めています。2人が同じ結論に立たないかぎり、議決権は動きません。配当はゼロか極小です。退任するときは、次の担い手へ額面で引き継ぎます。権利は私有化されず、使命だけが引き継がれます。
配当権のみ — 経済株
投資家と従業員が持つ
経営には介入せず、事業から生まれたキャッシュフローを受け取ります。売却を目的にしません。投資家が持つのは33.4%超ですが、議決権はありません。
拒否権のみ — 黄金株
会社を売却した元オーナーが1株
社名と存在意義の変更、そして売却を止められます。売らないという約束を、いちばん確かめたい人の手に置きます。
お金だけを出す権利には、有効期限があります
投資家は卒業します。そして、決める力が現場へ渡ります。
3つが同じ日に入れ替わります。お金を出す側が降り、決める側が現場へ移り、止める力だけがスチュワードの側に残ります。黄金株が渡る事由は年数で決めません。元オーナーの死亡、判断能力の喪失、本人の申し出、投資家の卒業のうち、いちばん早く起きたものです。
投資家はリスクに見合う果実を得て降ります。そこから先は、会社が自律した生命体として自分たちのために生きます。この卒業があることで、現場の永続的な負債感が消えます。
卒業は、約束ではなく株の設計で担保します。取得条項付種類株式にして、累積配当が上限に達した時点で経済株が無配当・無議決権の劣後株式に切り替わる、と株式の内容にあらかじめ書いておきます。誰かの意思や善意に依存しません。
議決権が持株会に移ることが、無限成長への歯止めになります。株を持っているのが、無理な量的拡大で株価を吊り上げたい人ではなく、その拡大を実際に背負う人たちになる。だから、成長を強要する決議が通りません。
従業員が退職するときは、持ち分を配当還元価額で持株会に返します。戻った株は、次に入ってくる人へ回ります。株が特定の個人に溜まって散逸せず、在籍している人のあいだを回り続ける。これが永代的な循環の実体です。
上限の水準は検討中で、まだ決めていません。
株より先に、渡すものがあります
ソースの継承。株式の移転だけでは、会社の生命力は渡りません。
よくある承継では、4手目だけが起きています。1から3を飛ばしても登記は通り、書類の上では承継が完了します。
事業には必ずソース (源) と呼べる人がいて、その人が抜けると、その場は生命力を失っていく、という見方があります。ピーター・カーニックが提唱した考え方です。
M&Aや事業承継がうまくいかない例の多くは、株と役職は渡っているのに、ソースが渡っていません。
だから、株式の移転だけでは渡しません。元オーナーが手放したことを場で言葉にし、受け取る側がその場で受け取る。それが済んでから、株が動きます。この場を持つのが、車座の正面に並ぶスチュワード2人の仕事です。
事業が生んだお金が、削られずに次へ回ります
売買を挟まないので、そのたびに納税して目減りする段がありません。受け取った配当が、そのまま次の投資と次の世代へ回ります。
法人投資家が10億円を出資した場合の、その投資家の手元です。既存PEは10年ごとに売却して納税し再投資、この設計では売却せず、投資家が配当を受け取り続ける前提です。
| 経過 | 既存PE (売却・納税あり) | この設計 (売却なし) | 差 |
| 10年後 | 28.1 億円 | 31.1 億円 | +3.0 |
| 20年後 | 79.2 億円 | 96.5 億円 | +17.3 |
| 30年後 | 222.9 億円 | 299.6 億円 | +76.7 |
| 60年後・次世代への継承率 | 約 45% | 約 90% | 2倍 |
30年で開く76.7億円の差は、投資先が優秀だったからではありません。既存型が10年ごとに利益の約30%を納めるのに対し、発行済株式の3分の1超を直接保有する法人には受取配当等の益金不算入が働き、複利のエンジンから燃料が抜けないというだけの差です。ただし投資家法人自身に借入があると、その支払利子に応じた分だけ不算入となる金額が削られます。ここは投資先やD5の借入ではなく、投資家本体の借入で決まります。
60年後の継承率も同じ理屈で、売らないので時価が立たず、配当還元方式によって評価額が資本金付近に固定されます。実態のキャッシュフローが巨木に育っていても、税務上は苗木のまま子孫へ渡ります。
この差は、現場に数値目標を降ろして作ったものではありません。売らず、借りず、毎年の配当だけを受け取ると決めた結果です。誰かから多く取ったのでもありません。売却と納税を繰り返すたびに落ちていた分が、落ちなくなるだけです。落ちなかった分は、次の投資先と、そこで働く人へ回ります。
同じ配当10億円でも、投資家1社が持つ比率によって手元に残る額が変わります。法人の実効税率30.6%で試算しています。
| 投資家1社の持分と、課税上の区分 | 10億円の手残り | 売却益課税を1.0としたとき |
| 益金不算入 100% — 関連法人株式等。3分の1超 | 10.0 億円 | 1.4倍 |
| 益金不算入 50% — その他の株式等。5%超から3分の1以下 | 8.5 億円 | 1.2倍 |
| 益金不算入 20% — 非支配目的株式等。5%以下 | 7.6 億円 | 1.1倍 |
| 売却益として受け取る — 既存のPE・VCファンド | 6.9 億円 | 1.0倍 |
3分の1超に届かないと、差は1.4倍から1.2倍に縮みます。投資家を1件につき1社から2社に限っているのは、ここが理由です。3社だと各33.3%となり、3分の1超に届きません。判定は投資家1社あたりの持分で行うため、ファンドを間に挟んで持分を按分すると、この段が下がります。「多くの人から少しずつ集める」は、この設計では成立しません。
検証すべきポイント
賛同より、ここが崩れるという指摘のほうが要ります。特に金融の実務にいる人から。
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関係性DDの再現性
経営チームの関係の崩壊が倒産の最大要因だという見立てと、それを投資前に見抜けるという主張です。ここが崩れると全部崩れます。実証のサンプルがまだありません。1号案件も決まっていません。
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最初の投資家を誰にするか
受取配当等の益金不算入を100%取るには、1社が発行済株式の3分の1超を持つ必要があります。したがって1件につき投資家は最大2社です。3社だと各33.3%で要件を満たしません。「多くの人から少しずつ」は成立しません。33.4%超を単独で出せる法人をどこに求めるかが、いちばん最初の壁です。
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年12%の配当の根拠
東京中小企業投資育成の実績は、保有先17社で年5.5%から8.4%です。12%は関係性への投資による改善を前提にしていますが、その改善幅を示す実データがありません。内訳案は投資家8%、従業員2%、運営2%です。
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投資家の株の出口
卒業のときに配当請求権が終わるところまでは決めました。株そのものの行き先が未設計です。会社が買い戻して持株会へ回す形を想定していますが、買取価額と原資が決まっていません。途中で降りたい投資家の持分も同じです。相続、事業環境の急変、単なる気変わり。売らないと決めた以上、ここは自分で用意するしかありません。
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増配すると、次の従業員が株を買えなくなる
配当還元価額は年配当金額に比例します。内部留保は評価に入りませんが、配当は入ります。業績が伸びて増配すると、次に入社する人の取得負担が上がります。1株あたりの配当を据え置いて株数で調整するなどの手当てが要りますが、まだ設計していません。
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配当還元方式の否認リスク
評価額を低位に固定する設計が、租税回避と見なされる余地があります。制度の趣旨に沿っているという整理と、実際に否認されないことは別です。
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卒業までのあいだ、現場は決める側に入りません
議決権が持株会に移るのは、投資家が卒業した日です。年8%を前提にすると約37年から62年かかります。その間、議決権はスチュワード株の2株だけで、従業員も投資家も持ちません。つまり現場は、数十年のあいだ配当の原資をつくる側に立ち続け、決める側には入りません。歯止めは黄金株1株と、スチュワード2人が合意しないと何も決まらないことの2つだけです。ここを薄いと見るか、十分と見るか。いちばん意見が割れるところだと考えています。
架空の物語「37年」より
そして今日、出資者であり、金銭的な投資家としての御殿場兄弟社は、配当を受け取る権利を当初の約束通り手放しました。この瞬間から、山藤製作所が生む利益は、すべて山藤製作所で働く人たちのものとなったのです。
山藤製作所のその後、何が起こったのでしょうか →
これはあくまでも机上の空論です。
でも、だからこそ、皆さんと現実にしていきたいのです。
ぜひ、一緒に議論しましょう →
出資のお願いではありません。まだ何も決まっていない段階の話をします。