関係性デュー・ディリジェンス (構想)
財務を見る前に、関係を見る
投資の判断は、デュー・ディリジェンスでやります。財務、法務、事業の3つです。数字と契約と市場を、専門家が総がかりで調べます。強いて挙げれば、人員構成や労務リスクを見る 人事デュー・ディリジェンス が加わることもあります。
一通り揃っているように見えます。ところが、投資したあとにその会社が伸びるか止まるかを決めているのは、多くの場合そのどれでもありません。経営チームのあいだ、そして現場のスタッフのあいだで、実際に何が起きているかのほうです。
肝心要が、落ちています。人事デュー・ディリジェンスでさえ、見ているのは制度と個人の属性です。人と人の「あいだ」で起きていることを見る枠は、どこにもありません。
だから、既存の3つ、あるいは4つに もう1つ加えます。差し替えるのではありません。
投資家は「最後は経営者を見る」と言います。
では、本当に見ているのでしょうか。
なぜ、いまは見えないのか
面談で見えるのは、見せられる姿です。投資を受ける側は準備してきますし、経営者個人の力量は、面談でかなりの部分をつくれてしまいます。
そして、そもそも見ているのが 個人 です。経営者一人の資質を見ています。けれど会社を止めるのは、たいてい一人の資質ではありません。そして仮に個人より広く見たとしても、たいていは役員のところで止まります。役員のあいだで言われないまま終わっている論点、決まったことになっているが誰も納得していない決定、触れると空気が固くなる話題。そういうものです。
これらは、決算書にも事業計画にも出てきません。出てくるのは、数年後に業績としてです。
そして、経営チームが揃っていても、現場が崩れていれば会社は止まります。経営が決めたことが現場に届いていない。現場が見ているものが経営に上がっていない。この断絶は、経営チームだけを見ていても分かりません。
何をするのか
投資判断の前に、関係性そのものを見立てる時間を、既存のデュー・ディリジェンスと同じ重さで取ります。資料を読むのではなく、経営チームが実際に議論する場に入ります。そのうえで現場にも入り、スタッフのあいだで起きていることを見ます。上と下を、両方見ます。
経営チームで見ること
- 意思決定の場で、異論が出たときにどう扱われるか
- 言われないまま終わっている論点があるか。誰が誰に遠慮しているか
- トップの決定に、周りが本当に合意しているのか、合意したことにしているのか
- 都合の悪い未来の話を、チームとして扱えるか。避けるか
現場で見ること
- 経営が決めたことが、どう伝わって、どう受け取られているか
- 現場から上がった声が、どこかで止まっていないか
- 部門と部門のあいだに、越えられない線が引かれていないか
- 実際に人を動かしているのが誰か。それが役職と一致しているか
財務・法務・事業、ときに人事
数字と契約と市場を調べ、投資する。人を見るとしても、制度と個人の属性まで。経営陣については面談での印象を添え、現場には会わない。
そこに5つ目として、関係性を加える
既存のデュー・ディリジェンスはそのままやります。減らしません。そのうえで、経営チームと現場の両方の関係性を同じ重さで並べ、投資判断の重心をそちらに移します。
5つの領域で見立てます
見ているのは、印象ではありません。5つの領域を決めて、そのどこが効いていて、どこが詰まっているかを見ます。点数をつけて優劣を決めるためではなく、投資したあとにどこから手をつけるかを決めるためです。
何のためにやっているかが、チームの間で響いているか
経営者の中に目的があるかどうかではありません。それがチームの中で響いているかどうかです。全員が同じ言葉で言えるか、ではなく、それぞれの言葉で言えて、しかも中身がずれていないか。ここがずれていると、意思決定のたびに、見えないところで力が相殺されます。
自分の意志で選んで、動いているか
決まったことをやる人が何人いるか、ではありません。自分で選んだ、と言える人が何人いるかです。選んでいない人が多いチームは、うまくいっている間は速く進みます。ただし、方向が外れたときに、誰も止められません。
まだ言葉になっていないものを、扱えるか
会議で誰も言わないまま、全員が感じていることがあります。それを場に出せるチームと、出せないチームがあります。出せないチームでは、それは消えません。あとで別の形で出てきます。たいてい、手遅れになってからです。
異質なものが出会って、新しいものが生まれているか
似た人が集まったチームは、速く合意します。ただし、そこから出てくるのは、すでに誰かが知っていたものです。違う人がいて、その違いが潰されずに残っているか。ここが、伸びる会社と止まる会社を分けます。
詰まりが、流れに変わるか
葛藤のないチームはありません。あるのは、葛藤が詰まったままのチームと、そこから次が生まれるチームです。同じ問題が半年後にも同じ形で出てくるなら、詰まっています。
見立てて終わり、ではない
関係性は、一度測って点数がつくものではありません。投資したあとも動き続けます。
だから、見立てたあとは両天秤の関わりとして続きます。組織の中でまだ統合されていない葛藤を、致命傷になる前に扱う。これが、投資に対する保険として働きます。
見立てる側が、そのまま両天秤で関わる側でもある。ここが、外部の調査会社に依頼する形と違うところです。見立てた人が去ってしまうなら、見立ては報告書で終わります。
スチュワードとして関わります
スチュワードとは、執事のことです。預かったものを自分のものにせず、次の人へ渡します。D5EC が投資先で担うのは、この役です。
役が違えば、関わり方も変わります。数値目標で管理して、期限が来たら売る、ではありません。会社が自分の存在意義を果たし続けられる状態を保つ。そのために、関係性に手を入れ続けます。
取締役会に人を送り込んで議決権で動かす、という関わり方もしません。舵取りは、事業に深く関わり使命に責任を持つ人が持ちます。わたしたちが持つのは、その人たちのあいだで何が起きているかを見て、扱う役です。
投資したあとに、手を入れる
数値目標を置き、進捗を管理する。うまくいかなければ経営陣を入れ替える。期限が来たら売却して回収する。
投資する前に見立て、あとはスチュワードとして関わり続ける
投資判断の重心を投資前の見立てに置く。投資したあとは、売る前提を持たずに、関係性が詰まったところに手を入れ続ける。見立てた人が、そのまま関わる。
売却しない資本の構想との関係
この見立てを投資判断の中心に据えた資本の構想が、売却しない資本の提供です。売らない、借りない、内部収益率を最大化しない。10社に投資して10社全部残す前提に立つと、投資前に関係性を見立てられるかどうかが、そのまま成立条件になります。
お金を出すのが誰かは、決めていません。事業法人でも、財団でも、ファミリーオフィスでもかまいません。D5自身が出し手になる場合を、D5 Eternal Capital、略して D5EC (ディーセック) と呼びます。
外れ玉を9件抱えないので、その分の調査費と管理コストが浮きます。浮いた分が、投資後の関わりの原資になります。見立てと関わりが同じ人の仕事として続けられるのは、この構造があるからです。
検討中の設計であり、出資の勧誘ではありません。掲載している内容はいずれも一定の前提を置いた構想段階のものです。