なぜスワンブリッジパートナーズという名前をつけたのか?設立2周年に添えて

留学生

2015年6月4日今日をもちまして、株式会社スワンブリッジパートナーズは2周年を迎えることができました。これも皆さんのおかげです。本当にありがとうございますm(_ _)m。でもまだ実感が全くありません。2ヶ月後までには決算処理をしなければならないなという猛烈に具体的な恐怖に似た実感はありますが(笑)。今後とも宜しくお願いします。

 

この2年間、やはり10年位の感覚です。本当に色々なことがあり過ぎて、色々と考え、悩み、失敗する中で相対的に時間が経つのが遅くなっているんだと思います。これを期になぜ寺村が独立してこの会社を立ち上げようとおもったのか、会社の名前に込められた意味は何か、そして今後何をやろうとしているのかについてまとめてみます。

 

自分は2000年4月から2013年3月末まで株式会社野村総合研究所の経営コンサルティングに所属、2008年4月から2013年3月末までは中国に駐在して現地法人の中で仕事をする機会を頂きました。その後、2013年4月から2013年8月末まではアーサー・D・リトル株式会社で働き、実質的にはその後独立をしています。サラリーマンとしての人生は丁度13年と5ヶ月でした。会う人会う人に”なぜNRIを辞めたのか?”という質問を頂きます。

 

”日本人が海外にアウトバウンドしてガムシャラに事業を推進する形だけでは日本の発展はない”と思ったからです。なかなか大げさです。中国に5年間(前半3年は北京、後半2年は上海)いて仕事をする中で、自分も含めてですが、本当に頑張っている多くの日本人の駐在員や現地採用の方々に仕事・プライベートで出会いました。猛烈に仕事をして、中国人のパートナーや取引先とも丁々発止のやり取りをして、夜は疲れきって飲み屋やKTVでストレスを発散する。週末はゴルフと言う感じです。皆さん、総じて顔色が黒いのは、ゴルフ焼けか酒焼けでしょう。

 

一方で自分は中国語ができたので、現地社員の話も聞こえてきます。昇進スピードが遅い、評価が公平でない、意思決定が遅い、やり方が柔軟ではない(日本式のやり方にこだわる)などです。中国事業であるにも関わらず、ほぼ全ての意思決定に日本サイドが関わってくるため、現地法人の戦略的自由度(予算決済権)が低く、戦略の実行からその評価に至るまで、現地に合わない制度であったり、そのプロセスそのものが不透明かつ遅いということがありました。

 

中国にいる日本人駐在員は現地社員と日本のヘッドクォーターとの間に入り、正にグローバル中間管理職という位置づけで非常にストレスが貯まる職場になっていました。結果、飲み方も荒い。身体を物理的に壊したり、女性で身を持ち崩す人も多く見てきました。”中国と日本の架け橋として一丁頑張ってみよう!”と奮起してきた人ほど、その後のリバウンドが大きかったように思います。人間皆強い訳ではないので、仕方がないことだと思います。

 

もちろん、現地法人や駐在員側で日本のヘッドクォーターに対して現状を変えていくための努力はしますが、暖簾に腕押しです。本社はいじわるをしているのではなく、現地の価値観や考え方、商習慣の”違い”が理解できずに、適切な判断をすることができず、結果として現状肯定のまま現地法人に様々な課題を押し付けていることが殆どではないでしょうか。江守商事の事件、Lixilの中国子会社破産など、確実に現地法人を最大限に活かしきれなかったツケです。”違い”を分かっていないのに委ねすぎたか、”違い”が分からない恐怖での現状肯定ということです。

 

寺村は、「ああ、これは中国にいても何も変えることはできないな、日本の本社、もっと言えば日本人に対して”違い”を実感して貰わないと何も変わらない」と思ったことが、2013年3月末現地法人駐在員としてNRIを離職するに至った理由です。そのままガムシャラにやっても、自分を含めて不幸な駐在員、現地採用の日本人、中国人社員、そして屍のように積み上がっていく日本企業・事業・サービスが残るのだろうと。

 

weserveallforDiversity

株式会社スワンブリッジパートナーズの目標は”日本の移民率20%と、インバウンド投資の増大による多様化社会の形成”です。日本にとってのアウトバウンド、インバウンドに関わらず、それを支えるための人と金を支援していくということです。多様化社会と言うと型に嵌めた言い方になりますが、要するに”違い”と共に生きる社会の構築です。大きな目標ですが。”違い”を認識することは”自分”の認識に繋がります。何度も書いていますが、人は鏡がなければ自分の姿を全て見ることはできません。そして、鏡で見たとしてもそれは本当に他人から見た自分の姿ではありません。自分の目で見ることはできないのです。他人の価値観、考え方、習慣、物理的なレンズ(目)によって全てことなるバイアスがかかるのです。それを受け入れて、始めて自分の良さに気づきます。自分がやるべきこと、相手に委ねることに気づくことができます。

 

”みにくいアヒルの子は最後白鳥(スワン)”になります。アヒルの子は実は白鳥の子でしたが、他のアヒルの子たちにいじめられて自己嫌悪に陥り、死ぬことまで考えますが、白鳥と出会ったことで自分が何者であるのかについて認識をします。分かりにくい例えですが、そういった考え方で会社の名前をつけたのが、2年前の更にそのまた半年前でした。ドメインが長かったなと思ってはおりますが(笑)。

 

今後についてですが、2つあります。①中国とのクロスボーダーの案件を支援するための、非常に敷居の低いプラットフォームをスマートフォンアプリ上で実現すべく動いています。できるだけ敷居は低く、最初は収益化せずに、単純にユーザーが楽しく、便利に新しい体験ができるものを出していこうという考え方に変わりました。②中国企業側のBuyサイドに立つ形でのM&Aのアドバイザリー、戦略立案・実行支援コンサルティングサービスの提供も同時に行います。②はお金のインバウンドになりますが、同時に①を立ち上げるための資金源という位置づけでもあります。今後にご期待下さい。また、何か関係できそうだという方がいらっしゃたらお声がけ下さい。

 

長くなりましたが、本当に皆さん、ありがとうございます。まだまだ、半人前、人生も半分?ですが、これからも少しでも前進できるように進んでまいりますので、宜しくお願いします。

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