深センは中国のシリコンバレー:起業するなら深センを、雇われたいなら北京を目指せ

中国で起業したければ「Go South」、具体的には深センを目指すのが良いそうです。北京、上海、広州、深セン、4つの都市における起業の現状について面白い記事がありました。

 


雇われるなら北へ行け、起業するなら南へ行け(BiaNews)

 

 icon-arrow-right 雇われるか、起業するか、それが一つの問題だ

20世紀、1980, 1990年代は雇われる時代だった。卒業後に配属された私たちの父親たちは年老いるまで仕事をし続けた。公務員は「鉄飯椀(鉄のお椀)」と呼ばれ、中に入れば福利厚生も良く、地位も高いからだ。

公務員は「鉄飯椀」と呼ばれ安定の象徴だったことはかつての日本と変わらない
公務員は「鉄飯椀」と呼ばれ安定の象徴だったことはかつての日本と変わらない

 

改革開放から現在に至るまで、ゆっくりと起業の時代に変わってきている。会社を解雇されやむにやまれず小さな商売を起こす人が出始め、高山植物が平地で咲くような様相だ。そこから、多くの若者たちがバックパックを背負い勇気を持って、ある者は南下し、ある者は北上する。「北漂(北京に夢を持ってやってきた若者が仕事を見つけられず漂う状態)」という言葉が有名になったが、以前として「北上広深(北京・上海・広州・深セン)」という四大都市は人材のベースである。

 

インターネットの進化に伴い、起業の勢いは更に加速。2003年に網易の丁磊、2004年に盛大の陳天橋、2013年に百度の李彦宏(ロビン・リー)テンセントの馬化腾(ポニー・マー)、2014年のアリババの馬雲(ジャック・マー)など、ここ10年の北京の富豪リストのトップにはインターネット起業家が名を連ねている。このことが若者を創業に駆り立てている。卒業したらすぐに起業しようか、会社で数年間鍛えられてから起業しようかと別れるが、いずれにせよ起業という選択なのだ。

 

北上広深、中国で最も発達する4つの都市はまた、人々に起業に最も適している4つの都市という印象を与える。筆者が取材をして分かったのは、起業環境と起業する人々のセグメントには既に明確は変化と遷移が現れているということだ。雇われたいのなら北京か上海。起業をするなら南に行くことだ

 

 icon-arrow-right 上海:「起業カフェ」の死

科学技術系のウェブサイトでは上海にある4つの起業カフェに関する評価が常に載っていたものだ。愛塔カフェ、icカフェ、微咖カフェ、必帮カフェの4つだ。icカードなどで交流する形態がスマホでの交流に変わって存続したicカフェ以外の3つの起業カフェは閉店した。

 

微咖カフェは上海のど真ん中である黄浦区、黄浦江(川)から100mのところにあり、隣の結婚写真館と証券取引所が以前と変わらず賑わっているにも関わらず、このカフェだけが閉店した。カフェに入れば無料のwifiを使用でき、創業海報(雑誌)を眺めることもできた。今では門に既に鍵が掛けられている。このビルに務める警備員によると、このカフェが閉店になって以来、入るテナントが無く、空き状態で、少なくとも1, 2年は変わらないという。

 

愛塔カフェは微咖カフェから大分離れた揚浦区にあった。この辺りにはいくらかの上海における起業家が集まっていた。カフェが閉店後、既に語学教室に変わっていた。隣には非常にオシャレなカフェが開店していた。カフェの店長曰く、少なくない人数が愛塔カフェを探してやってきて(閉店を知って)、我々のカフェに来ることがあったが、もう無くなったそうだ。彼らはコーヒー一杯を注文し、彼女には理解できない話題で会話し、最後には何かつまらなそうな感じで店を後にしたという。

 

IPO CLUBの外観
IPO CLUBの外観

同じく揚浦区にあった必帮も存在しない。ちょうど「ipo創業の家」というカフェに変わったところだった。ipo創業の家は上海で既に成功しているカフェだと思われる。21名の株主によって構成され、現在の社長である王俊は愛塔カフェの社長の一人でもあった。愛塔カフェの閉店について話を聞くと、王俊は最大の原因として「株主に専門知識が無かったし、店長にも起業についての知識がなかった。しかし、アウトソーシング会社を起こし、自らの能力を開発した後で、ようやく専門家として経営に当たることができる」と言う。

 

ipo創業の家の近くにあるinnospaceは、上海で最大の起業家支援プラットフォームの一つで、上海における起業家の最後の拠り所だ。上海のような大都市において、中心部から離れた揚浦区に落ち着いた雰囲気で存在する起業カフェとプラットフォームは、非常に華やかに黄浦江沿いに並び立つ100年の歴史を持つ10数の銀行と比べて、暖かい感じを受けるだろう。上海の起業の雰囲気は非常に冷たいものだ

 

ipo創業の家にいた1人の起業家に話を聞くと、自分の同期の大部分は卒業後に銀行や証券など金融機構に入ったり、外資企業でホワイトカラーをやっている。経済を学んだ自分は、金融機構で仕事を数年した後、起業のイメージが芽生え、現在はオンライン筆記試験プラットフォームを開発しており、大企業が採用をする際の問題を解決することができると考えている。

 

彼の起業の同期は、ずっと同じことをやることに耐えられないということと、何か創造的な事がしたいと考えていたためだ。金融センターである上海ではこのような考え方をする人は少ない。上海は、このようにコーヒーを飲んで、単独で奮闘し、明日死ぬとも分からない起業家をやるよりは、スーツを来て、高層オフィスに出社する高級サラリーマンが似合っている、とも。

 

 icon-arrow-right 北京:専業起業家たち

中国の政治経済と文化の中心である北京にはチャンスも資源も起業家も非常に多い・・・、ひどい空気と毒霧、交通渋滞と人口爆発による都市の負担を除けばだ。この環境にこだわらず頑として北京で起業するこの一群は「専業起業家」と呼ばれる。

 

専業起業家とは何かを説明するためにはインターネットの考え方を説明する必要がある。起業カフェに入れば、面識のある投資家が10名以上とか、投資コンテストに1回以上参加したとか、頭の中、考えの中での起業熱意は遥かに先を行っているが、行動力が全く伴っていない一群のことだ。

シャオミ

 

専業起業家のAさんの事業領域は医療だ。彼曰く、既に数万人の医療患者の情報を掌握し、もうすぐで製品をアップすることができると。現在の彼は起業ストリートのカフェの中にオフィスを持ち、製品のデザインをし、ビジネスモデルを考えつつ、パートナーと投資家を探しているという。

 

同じく起業家のBさんはアプリを開発しようと思っている。彼もAさんと同様、多くの顧客資源を持っており、アプリをアップロードした瞬間に導入が進むので、コストを低く運営することができると考えている。現在は、デザイナーと製品設計の部分が足りず、一緒に開発ができるパートナーを探しているという。

 

起業家のCさんが開発しようとしているのはソーシャルECだ。彼のプラットフォームは、まずアパレルから切り込み、最終的には他のECプラットフォームを駆逐するそうだ。また、このプラットフォームには後から多くのソーシャルセグメントの概念を加えることができ、例えばUBERのようなサービスも使えるという。プラットフォームの概念空間がかなり大きいことと、彼自身このプロジェクトにはとてもお金がかかることを感じており、最初のエンジェル投資の目標は3,000万元(6億円)とのことだ。

 

起業に成功する確立は極めて低い。上に述べた3名の起業家も完全なアーリーステージだ。北京には起業家を支援するプラットフォームも存在する。有料もあれば無料もあり、起業家に専門的訓練や、資源、資本、プロジェクトのロードショーなどの機会を提供している。

 

起業支援プラットフォームの発展は起業家の発展の勢いを凌ぎ、起業家たちの想像力は行動力を上回ってしまった。その結果何が起こるかと言えば、祈るだけで結果が出ず、大部分は再びサラリーマンに戻っていく。インターネット業界への就職市場を支援するサービスの方が、インターネット業界で起業する人へのサービスよりも良いのではないか?

 

この他、北京の創業環境には明確なメディアと広告に関する特徴がある。新しいメディア業務や、広告業界で新しいビジネスモデルを立ち上げることだ。インターネット業界での起業は最初はメデイアから始め、最終的にそれぞれの業界に落ち着かせる。メディアやそれに関するプロジェクトを興す際には北京以外の選択肢はない。一方で、高級サラリーマンの天国でもあり、サラリーマンを目指す者が真っ先に目指すべき都市なのだ。

 

 icon-arrow-right 深セン・広州:科学技術の自由特区

シリコンバレーはアメリカの科学技術発達の中心であり、起業家が続々と生まれる都市だ。では、中国のシリコンバレーはどこか?間違いなく北京、上海ではない。北京と上海はアメリカで言うところのワシントンD.C.と商業中心であるニューヨークだ。中国のシリコンバレーは深センと広州だ。この2都市は起業の雰囲気に満ちており、現時点で科学技術の最前線を走っている。

 

1980年代の初期、深センに康佳(Konka)、TCLなどブラウン管テレビの巨人が誕生。更にZTE(中興)、華為(ファーウェイ)などの第一次科学技術ベンチャーも生まれた。1990年代に入り、酷派(CoolPad)、神舟、BYDなど電子産業から自動車産業までの領域での起業が進み、2000年になってから、テンセント、迅雷などインターネット企業を代表する動きが見られた。確かに、Lenovoは北京、小米も北京だ。しかし、コンピューターメーカーとモバイル部品メーカーは全て深センに所在する。ここ数年での最先端の科学技術、スマート系ハードウェア、3Dプリンター、ドローン、スマートカーなどの企業は全て深センが発端になっている。

 

超さんはメディア業界の人だ。広州にやってきてスマートガジェットにおける統合的メディアで起業。深センにはもうひとつ同じようにスマートガジェットに着目する科学技術系メディアが存在する。この2社は共に北京から移動してきている原因は、スマホの部品メーカーが全て深センに集積しており、スマートガジェットのメーカーも、更にはドローンのように新しい製品のメーカーも深センに集まってきているためだ。

 

「深センドローン」社のドローンを使ってチャン・ツィイーに指輪を渡してプロポーズをする汪峰
「深センドローン」社のドローンを使ってチャン・ツィイーに指輪を渡してプロポーズをする汪峰

 

「深セン無人機(ドローン)」という会社の名前を聞いたことがないだろう。しかし、汪峰(ワン・フォン:人気ミュージシャン)が章子怡(チャン・ツィイー:日本でもファンの多い女優)にプロポーズをしたことは知っているはずだ。彼がプロポーズ時に使ったドローンこそが「深センドローン」のものだ。深セン・広州のような南方都市以外にもドローンはあるだろう。しかし、ドローンのハードウェアと製造については深センがナンバーワンだ。これが、深センが中国のシリコンバレーであるという理由だ。北京のようなメディア、広告系などの特定業界にも限定されずインターネット、科学技術イノベーション、ハードウェア製造などまで。広範な領域をカバーしている。

 

起業に関する要素として科学技術の優勢以外に、深センが起業家を誘引するもうひとつの重要な原因は、「政治の中心から非常に離れており、自由に一番近い」ということだ。まずは、政治的な自由。ここでは公共資源は平等だ。起業家は自由競争環境で戦うことができ、複雑な政治背景について気にする必要はない。二つ目は個人の自由。深センと北京、上海とを区別する最大の要因は、深センが移民都市であるということだ。深センは外地人を排除しない。起業家は帰属感を感じることができる

 

深センの起業家の「緑茶」に彼の考え方を聞くことができた。彼の深センに対する認識は公平な都市でありまた、現実的な都市であるということだ。起業家は効率を追求する中で、現実に直面し、何ができて、何ができないかを理解する。人と人の間は現実的なパートナーシップ形式だ。合作できるなら交流が生まれ、できないなら退散。(北京のような)北方とは違う。あちらでは、食事をして、酒を呑み、「兄弟」になって初めて合作という考え方だ。問題は、この「兄弟」で本当に起業ができるか?ということだ。大多数は続かない。ダイニングテーブルで始まった合作は、ダイニングテーブルで止まっているのだ。

 

「緑茶」はシードキャピタルに関するサービスプラットフォームを作ることを大分前から考えていた。深センの起業に関する業界の将来を見据えてのものだが、自分の能力が不足していることも分かっていた。これが、彼が最初に諦めたプロジェクトだ。今彼は、微信(wechat)のマーケティング関係のサービスを行っている。チームは小さくも大きくもない。小銭を稼ぐことは簡単にできるが、変化はとても速い。身の回りには微信関係の起業家だらけで、毎回毎回新しいチャンスを掴む必要がある。上半期は微信の広告、中盤では订閲号(オフィシャルアカウント)のプロモーション、年末は認証に関する政策の変化についてなどなど。どれひとつについてミスをすれば、競争からは落とされる。

 

江さんは、妙な縁で深センに来ることになった。「来る人は皆深セン人」というフレーズのためか、深センにとどまっている。深センは外地人を排除しない。深セン人は全て外地人だからだ。彼は公共関係のサービスを華為(ファーウェイ)に対して提供した過去を持ち、その他の起業チームに所属したこともある。現在、再び起業を考えている。雇われるか、起業するかに関わらず、ものすごく忙しいのが常態化しており、身の回りにチャンスが無いか常に探し、自分の未来に賭ける若者だ、と話す。

 

広州、深センを一括りに話せば、どちらも南方都市だ。しかし、広州は中国最大の商業センターで、「広州交易会」があり、世界中からビジネスマンが集まってくる。広州には「灰太狼和喜羊羊(羊と狼のアニメ)」があり、クリエイティブな芸術産業が発達している。広州にはまた微信(wechat)があり、人と人を繋ぎ、未来と希望の全てを繋ぐ


 

編集後記

深センは凄いですね。僕の友人でカリスマブロガーでもあり、iPhoneのファクトリーアンロックサービスの創業者でもあり、日本人にも関わらず中国で起業して成功している変態の小龍、彼も今のサービスを立ち上げる前に深センで盛んに情報収集、コネクションの活動をしていたことを思い出しました。「深センは外地人を排除しない、なぜなら深センには外地人しかいないから」という下りも面白い。シリコンバレーでは、起業家、それを迎える投資家も皆、国籍や民族を気にせずに、立ち上げようとしている事業の内容で判断することで知られていますが、深センも同じような環境であるということですね。政治からの自由と、国籍や出自・身分からの自由があることでイノベーションが加速化するということでしょうか。

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起業するには、人と情報が集積している場所を選ぶことは定石ですね。SNSが発達して気軽に遠くの人とコミュニケーションすることはできますが、リアルで起こるセレンディピティまではカバーできていません。日本ではどうでしょうか。以前、まだ高校生の時に会計士として起業した若い女性の話を聞いたことがありますが、日本の地方都市には情報も人も無く、活力に乏しいと。そうなると、東京に出てくるしか方法が無いんだということでした。ですから、彼女は、名古屋などを中心として起業家を支援するプラットフォームを作りたいと熱く語っていました。

 

日本は東京への一極集中。東京は政治の中心でもあるため、日本の規制の影響をもろに受けることになります。いや、日本の場合、全国どこで起業したとしても同じように規制の影響を受けることになるでしょう。一律で杓子定規。中国の面白いところは国土が広大で、深センほど北京から離れた都市では、政治の目が行き届かないので、ある意味自由特区的な状態になっているということですね。だからこそ、先ほど申し上げたような「自由」があり、活性化された状態になるということでしょう。日本は国土が狭い上に官僚組織がしっかりしているので、むしろ意図的に「創業特区」のようなものを作る必要があると思います。九州や北海道など、動いている企画はないものでしょうか。

 

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