中国流:戦略コンサルタントがなぜ浅草で飲食店を始めたのか? 浅草おとプレオープン1周年

おと提灯

今日は三社祭の3日目、本社神輿3基が浅草四十四ヶ町を練り歩いています。つい先程、自分が現在拠点としている寿町(銀座線田原町駅)を町会の神輿がいくつも通り過ぎていきます。今年は本社神輿の宮出しから暴力団を排除することが決まり、昨年と比べると整然とした印象ですが、色々なところから祭り囃子が聞こえてくるのは、初夏の青空の下、いかにも日本の原風景のような雰囲気でいいものです。

そして、三社祭が来ると思い出すのは、ちょうど一年前に株式会社スワンブリッジパートナーズとして”浅草おと / Asakusa OTO”という純日本料理屋をプレオープンしたことです。ようやく一年が経ちました。人によって感じ方は異なると思いますが、自分にとっては10年くらいの時間に感じます。それくらいに色々なことがありました。

飲食店をやった経験の無い3人でアイデアを出し、コンセプト、資本政策(自己資金と借り入れのバランスと実際の資金集め、融資の依頼等)、厨房とフロアの採用、お店の名前を考えることも、そしてお店の内外装についても一緒にやってきました。プレオープン後は、コンセプトを出したメインの3人も厨房に入り、オーダー、配膳、皿洗い、会計、締めまでの日常業務にも携わりました。更に、経営としての財務会計についてはクラウド会計ソフトのfreeeとiPadをレジとするAirRegi、更にiPadでできるカード決済システムのSquareとを連携させて、日常の数値を収集すると同時に、毎月、出資者に対してレポーティングをしてきました(今では出資者は直接freeeのアカウントで短期、中長期での店舗の経営数値を見ることができます)。

日本と中国のクロスボーダー案件を手掛けるマネジメントコンサルタントである寺村がなぜこのお店をやっているのかについては色々な方から質問を受けます。話せば長くなりますが、簡単に言えば”食を中心としたインバウンドの拠点”として、かなりコンセプト先行で創りました。寺村は当初、M&Aや戦略系を中心としたクロスボーダーのコンサルティング業務をメインに、海外の人材を育成することで、日本企業に対して多様化を促し、戦略的クロスボーダー案件や日常の業務運営に携わる人材を多く送り出すことこそが日本のためになると思っていました。ですから、当初はそういった会社として立ち上げるつもりでした。しかし、メインのコンセプトを考えた3人でアイデアを考える内に、インバウンドのリアルな拠点としてレストランをやることが面白いのでは?と考えました。流石に料理の中心は日本人ですが、フロアについては外国人留学生を中心として運営する。また、その留学生たちはレストランの中にあるシェアハウス形態の住居に住むことで、その土地に根ざして生活をする。そういうアイデアに夢中になってガムシャラに立ち上げたのが今の”浅草おと / Asakusa OTO”の原点です。

本当にこの1年が10年に感じられるように、色々ありました。

飲食店を出すにはまとまったお金が必要です。流石に3人の自己資金では足りなかったので、借り入れを考えました。一般的にスタートアップが調達できる可能性がある融資は、日本政策金融公庫、もしくは信用保証協会の2パターンです。借り入れには事業計画書や地方自治体の認証、飲食業としての許認可、物件の証明など色々な書類を、矛盾の多いプロセスの中で泥臭く動く必要がありました。しかし、結果としてこの2つの金融機関からの借り入れはできませんでした。また、起業したばかりの会社には、国の創業補助金というものを使うことも可能でした。もちろんこちらにも申請しましたが、通過することはできませんでした。

そこで、立ち上げた3名以外に数名、寺村が非常に親しくさせて頂いている友人に出資して頂きました。全く経験の無い僕らに出資して頂いたことには、本当に感謝しています。彼らがいなければ今はありませんでしたから。しかし、結果として運転資金6ヶ月分しか自己資金を確保することはできませんでした。6ヶ月後に黒字化しなければ店を存続することは相当に難しいという計算です。

そして、数値シミュレーションは正確なもので、開店から6ヶ月後、綺麗に自己資金はなくなりました。10月10日の従業員スタッフに対する給与が払えない状況が発生したのです。寺村は2013年8月末にADLを退職して以来、マネジメントコンサルの仕事は一切やらずに、お店の立ち上げに関わってきました。そして、2014年9月末の時点で寺村個人の現預金が底をつくことが分かりました。同時に、10月の給与の支払いを凌げないという状況でした。ここが、個人的などん底でした。人の目を見て話すことができないようになり、ブログも書くことができず、自分のお店にも関わらず足が向かないという状況です。友人にその話を聞いてもらいたいと、何とか浅草から六本木まで出て、ランチをする場所に向かう途中、まだ強い日差しの残る六本木の交差点近くでフラっと倒れそうになりました。自分でもかなりヤバイなと・・・。

AsakusaOTO

そんな状況も経つつ、今があります。が、絶望的で虚無的な状況に陥らずに、行動をし続けたことが良かったと思っています。結果、個人では戦略系のマネジメントコンサルティング業務が立ち上がりプライベートは安定しました。そして、浅草の町の人ほとんどに言われたことですが「浅草のお店は1年やらないと分からない、頑張れ!」という言葉の通り、11ヶ月目にして単月黒字を初めて達成しました。もちろん、瞬間風速かもしれませんが、お店を使っていて、少しづつですが固定客が増えてきているなと、店長の空閑さんの顔なじみも増えてきているなと感じます。悪い時もあるでしょうが、お店はようやく独り立ちを始めたのです。

僕たちが最初に考えたコンセプトは昨年の8月末の時点で一旦捨てています。頭でっかちではなく、まずは浅草に根ざした飲食店としてしっかりと自立できるところまで行こうと。そこから、僕は直接お店の運営からは手を引き、空閑店長に全てを任せて、自分は財務会計のみを見るという形に変えた結果として、お店の頑張りでここまで来たのです。本当に皆さんのおかげです。そして、自分としてもやはり嬉しいです。

これからも色々なことがあると思いますが、インバウンド型レストランではなく、浅草に根ざした料理店としての”浅草おと / Asakusa OTO”を宜しくお願いします。

浅草おと / Asakusa OTO

東京都台東区浅草2-12-6

03-5830-7720

https://www.facebook.com/asakusaoto

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