Lenovoの柳親子が激突:中国モバイル配車アプリ巨大M&Aの背景

先日の記事で、2015年2月14日にテンセント系の滴滴打車と、アリババ系の快的打車が合併したことを書きました。

巨大合併!中国の二大タクシー配車アプリ企業「滴滴」と「快的」が株式交換、シェア95%以上に

また、その合併比率が滴滴:快的で52:48となり、マネジメントチームの大半は滴滴からスライドされるというニュースも発表されました。

滴滴快的合并最快本周宣布 股权分配为52:48(テンセントニュース)

滴滴から送り込まれるマネジメントチームのトップは、柳青という女性で、滴滴では総裁として実オペレーションの全てを任されていた人物です。

合併後新会社のCEOに就任した柳青

合併後新会社のCEOに就任した柳青

この女性、只者ではありません。中国IT業界の「ゴッドファーザー」と呼ばれるLenovoホールディングスの柳伝志(総裁兼董事局主席)の愛娘で、年齢は36, 7歳にも関わらず、ハーバード大学の博士課程を卒業した後にゴールドマンサックスに入行、アジア太平洋地区のダイレクトインベストメント部門のトップとして執行役員にまで上り詰めた方です。

彼女がゴールドマンを離れ、滴滴に合流するのが2014年の7月、その半年後には7億ドルの資金調達に成功します。滴滴は利益も出せず、ビジネスモデルも曖昧で、更に、過去の財務諸表や3年の事業計画などの資料が全く揃っていなかったにも関わらずです。

時の人となっている彼女の経歴について書かれている記事を見つけたのでご覧下さい。サラブレッドでありながら、いや、あるがゆえに自分の実力を示さなければならないプレッシャーの中で生きる彼女に少しでも迫ることができたのであれば幸いです。


加入半年で7億ドルの増資を成功させた滴滴の女性総裁柳青とは誰のこと?(揚子晩報)

滴滴打車(以下、滴滴とする)は2015年2月4日に、COOであった柳青を正式に滴滴の総裁に昇格させ、企業の日常の業務運営についての責任を負わせることを企業の年会(納会)にて発表。柳青は中国IT業界における「ゴッドファーザー」の異名を持つ柳伝志の娘で、元ゴールドマンサックス(アジア太平洋地域)グループの董事兼総経理だ。彼女の昇格により、滴滴は創業者である程維董事長兼CEOと柳青新総裁によるマネジメント体制となることを意味する。

基本情報:

柳青は1978年生まれ、2000年に北京大学計算機系を卒業後、米国へ留学。2002年にハーバード大学の博士課程を経てゴールドマンサックスに入社。2008年にゴールドマンサックスアジア太平洋地区の執行役員となり、2012年に同地区の董事兼総経理へ就任。ゴールドマンサックスにおける最年少董事・総経理の1人となった。2014年7月2日に滴滴に正式に入社、COOとなり新規事業、ブランドマネジメント、パートナー戦略関係の業務を手がけた。

2014年7月に入社後、半年で大型の増資案件を成功させる

程維CEOは「柳青を総裁に任ずることで、私たちにとってモバイル配車領域での世界企業へ移行しようと思う。そのためにも魅力的な人材を惹きつける必要がある。柳青が滴滴に加入して半年後、滴滴は当時、非上場企業として最大の増資案件である7億ドルの調達に成功した。総裁となった後は、日常の業務についてのマネジメントについて責務を追ってもらい、中国最大のモバイル配車プラットフォームの確立に向けて動きたい、柳青おめでとう」と話す。

メディアの報道によると、柳青にとって「柳伝志の娘」というレッテルは彼女にとって無言の圧力になっており、ずっと家庭の背景と実力とは無関係であることを証明したかったとのこと。「滴滴の皆さんに感謝します。程維の信任、皆さんのサポートがあったからこそ、私はすぐに滴滴に融合することができました。モバイル配車情報サービスプラットフォームについて、私たち滴滴人は国民の配車アプリに対する理想と夢を背負っています。皆さんの一員になれたことを本当に誇りに思います。私たちは一丸となって世界で最も優秀なモバイルインターネット企業を創りましょう」と、就任の挨拶で述べた。

2014年、滴滴にとっては猛烈に発展した1年だった。ハイヤーサービスも高速な発展を遂げた。従業員は約100人だったのが一気に2,000人を超えた。サービスも、配車サービスから、ハイヤーサービス、企業版などへ拡大した。

滴滴に関係する人物によると、これまで滴滴は「総裁」というポジションを置いてはこなかった。CEOである程維が全面的にマネジメントを行ってきた。今後は、程維がひとつ上の層に上がることにより、会社全体の発展の方向性に関する部分、モバイルインターネット関連、テレマティクス関連などに専念。企業の具体的な運営については新総裁である柳青に一任される。

柳青と父親はビジネス上でのライバル関係

柳青は父親が掌握するLenovoグループと競合関係にある。2010年9月15日、Lenovoホールディングスは神州租車(リース)を12億元で買収、51%のマジョリティを確保。神州リースの上場後もLenovoホールディングスは依然として最大の株主となっている。

柳青と父親でLenovoホールディングスの総裁である柳伝志

柳青と父親でLenovoホールディングスの総裁である柳伝志

2015年1月28日、既に中国最大の自動車リース会社となった神州リースは、全国60都市において、「神州ハイヤーサービス」を展開することを発表。モバイルハイヤーサービスへの進出を決定した。

ハイヤーサービス市場には、滴滴、快的(既に的的との合併を発表)以外にも、易到用車とハイアールが共同出資した海易出行などがおり、市場の競争環境はますます熾烈になってきている。この戦争の中、神州リースが最有力であることは疑いが無い。

神州リースは5万台以上の車両を保有する。Lenovoホールディングなどの大株主を持っているだけでなく、米国最大のリース会社であるHertzの中国における提携相手でもある。Hertzは全世界で50万台以上の車両を保有する。Hertzは現時点で神州の16.7%の株式を保有する。そう、柳青はこれから合併した快的を除けば、ヘビー級のライバルとして父親と戦わなければならない

管理監督当局から「違法運営」、「白タク」で立件されるリスク

巨大なライバル以外にも、柳青は政策面でのプレッシャーを受ける。上海交通執行部門は、滴滴のハイヤーサービスに違法運営の部分が存在することを認めており、罰金を課している。

Analysys International社の統計数値によると、2014年末、快的と滴滴の2大アプリはそれぞれ56.5%, 43.4%の市場シェアを持つ。両社はビジネスハイヤーの領域に比重を置いている。そして、業界専門家によると、滴滴ハイヤーは、多くの管理監督当局から「違法運営」、「白タク営業」と認定されるリスクがあり、一部の地域ではタクシー業界から反対の声が上がっている。柳青は政府対策や公共対策について重視することを宣言しており、滴滴にとってハイヤー業務を重要視することが見て取れる。

現在、ハイヤーモデルについては、軽型資産モデルと重型資産モデルと2つの発展方向があると考えられている軽型資産モデルはプラットフォームの提供のみ。フレキシビリティを高めることができ、資産負担が少ないが、産業への影響力は弱くなる。重型資産モデルは、車両や運転手などを保有するモデル。リスク対応力は高まり業界を掌握するチャンスは広がる。いずれにせよ、模索段階ではある。

柳伝志の娘

個性が強く勝ち気な柳青は、生まれてからずっと自分の現在と家庭背景とは関係が無いことを証明しようと努力し続けてきた。以前、記者が彼女にインタビューをした際に、彼女は明確に家庭背景の問題について「答えたくありません」と言っていた。「Lenovoとは無関係」、「柳伝志の娘とだけ書いてほしくない」と強調した。一方で、これは「柳伝志の娘」というレッテルが柳青を語る際にどれほど重要であるかを証明しているのだ。

投資銀行のエグゼクティブ

柳青の紹介によると、投資銀行に入った最初の年、毎週100時間以上仕事をしており、最高記録は140時間だったという。「体重はすぐに増え、顔中に吹き出物ができました。最初の1年で同期の半数が辞めました。友人曰く「女の子がなんでそんなに辛い仕事をするの?」と。私は考えたこともありませんでしたが、後でひとつの事に気づきました。私はこの仕事が好きなんだと」。

2004年、柳青は投資部の仕事から昇格し、ゴールドマンサックス(アジア太平洋地区)ダイレクトインベストメント部門の役員兼トップに昇格。彼女と彼女のチームは毎年500〜700のプロジェクトを実施していたという。

3人の子供の母親

「周囲にはとても優秀な女性が沢山います。家庭のために仕事を犠牲にしている。本当に尊敬します。私にはできない。私は仕事が本当に好きです。仕事をすることでエネルギーを貰えるんです。その事で、よりよき母親になることができると考えています」、3人んこ子を持つ柳青は言います。子供は事業の障害にはなり得ないし、職場でも女性だからといって特別扱いを受けることもないと。

人物の声

なぜ滴滴はクーポン大合戦に参戦するのか?

柳青:クーポンはインターネット時代の企業にとって消費者を教育・誘導するための一つの過程です。お金を使ってユーザーに体験をしてもらい、価値を感じていただき、ファンになってもらいたい。最初の停車駅がマーケティングだとすれば、次は商品、技術、そしてオペレーションに移っていきます。

投資銀行から滴滴に来て、何を感じるか?

柳青:投資銀行は正に遊牧民でした。毎日出張、プロジェクトは騎馬戦。一つが終われば、すぐに次が待っている。今は農場主ですね。苗木を植えて丁寧に育てて、毎日土の有り難みに感謝するという生活です。


1周間で100〜140時間働く、若いころならできますよね。投資銀行、ファンド、コンサルティングファーム系であれば、割りと普通だと思います(世間一般からすれば非常識ですが)。そこで働く人間は、お金のことはもちろん気にしているとは思いますが、仕事が好きだからという意見にはとても共感できます。ずっと続ける仕事ではないと思いますが、色々な業界のビジネスを、財務・事業の両方の側面から見ることができる投資銀行の仕事にはやりがいがあったはずですし、物凄い経験値をもたらしていると思います。

さて、今回の巨大合併について新総裁としての柳青の話です。


柳青が語る今回の合併秘話(新華網)

合併について、創業者主導であるのか、投資家主導であったのかと問われた柳青は、「滴滴と快的は独立精神が強く、程維、呂伝偉の両CEOも個性がかなり強い。今回の合併はマネジメントチーム主導と言えます」と答えた。「将来は、統合オフィスを設置します。最高レベルの意思決定を行います」とも。

「短期的な利益は追いません。一回一回の売上がいくらかには興味がありません」、柳青は迷うこと無く記者に述べた。「インターネット企業の本質は顧客を理解すること。彼・彼女たちが何を求めているのか考え続けなければならない」。

「我々の理想は5年後以降、例えばあなたが家を出る時に我々のアプリを開き、最も優れたソリューションを受け取ることができるという環境です。例えば、今日、公共バスに乗って行きたいと考えた場合、我々のアプリは302路線で何時に到着できるか、そのためにバス停では30秒しか待たなくて構わないということを教えることができます。あるいは、今日、異常車両があって渋滞しているのが分かるので、地下鉄での出発をアドバイスできます。今日、彼女を連れて「良いところを見せたい」と思うのであれば、BMWハイヤーを呼ぶこともできます」、と柳青は言う。

柳青によると配車アプリは2軸で説明できる。横軸は正に配車、タクシー、公共バス、地下鉄など。縦軸には、生活関係、すなわち衣食住からレジャーなど。では、この平面でどこを手掛けるのか?斜めに行くのか、2軸のどちらも手掛けるのか?「我々は配車プラットフォームしかやりません」と柳青は強調する。

これが会社の戦略的思考であり、滴滴と快的は合併後もこの戦略は変わらない。「ユーザーが我々のプラットフォームを生活関連であると認識した瞬間に、もう戻ってくることはできません。ユーザーが我々のサービスを配車プラットフォームであるとは決して思わなくなるでしょう」。

どうやって7億ドル調達したのか?

「売上も利益もなく、ビジネスモデルも不明確な中で、何に頼ったら良いのか全く分かりませんでした」、当時7億ドルをどうやって調達したのかという質問に対して柳青は答えた。実際、滴滴のような企業が資金調達することは相当に難しい。

彼女曰く、投資家は、過去3年の財務報告、今後3年の業績予測を含む資料に目を通すのが通例だが、滴滴にはそのようなものは存在しなかった、という。12年間投資銀行にいた経歴を持つ柳青は、「最も素朴な言葉を用いて自分たちのストーリーを語れば良い。トップ級の投資家たちは海千山千。彼らの前で大げさなことを語って喜ばれるはずがない」と考えた。

依然として資金は必要で、投資家を探していた時、柳青と彼女のチームは常に3つの原則を守っていたという。「分散、ブランド、法令遵守」の3つだ。

スタートアップ企業にとって、意思決定権はとても重要。「もし巨大な株主がいるとすれば、企業の単独の意思決定は非常に難しくなります。大規模な投資を受けた後で、全く音沙汰がなくなる企業が多いのはこのためです」、柳青は言う。

滴滴は18の投資家を受け入れた。「我々の戦略は分散にあります。資金調達規模が巨大であるため、1つの投資家が大部分を占めることを避けたのです」。「我々も一定の戦績を残していました。その点を投資家は重視してくれました。投資家の思いを汲まずに我々の思いだけで進めることもできませんし、投資家も過去の経歴だけで我々を判断することも正しくありません」。

全く注意せずに深みにはまった

ハイヤーサービスを提供後、消費のレベルアップと消費習慣の変化が起こった。同時に、部分的に政策的な衝突や管理監督当局による牽制が入った。

政策について、「ハイヤーサービスは、政策のグレーゾーンにあたるため、我々も思っても見なかった深みに全く注意せずに入り込んでいました。多くのユーザーはメディア上で我々を支持してくれました。確実に言えるのは、これらのユーザーも、市場ニーズのエッジにいるということなのです」と言います。今後、柳青は政策関連の調整業務を当局に向けて実施することとなる。

父親曰く、「経営者は問題を自分のものとする」

「12年の投資銀行での経験で、多くの物事について私は強い観点を持っています。しかし、小さいころから父親に言われてきたのは、他人の意見を多く聞き入れなさい、という事でした」。

柳青は、学生の頃、人と話をする際に「あなた、理解できた?」と頻繁に聞いていた。それを見た母親は彼女にやめるように促し、「私の意見は分かりやすい?」と聞くように言った。「理解できた?」は、上から目線の態度、しかし「私の意見は分かりやすい?」は自分の問題だからだと。柳青はずっとそれを続けている。

滴滴と快的の合併後、柳青は何を思うか。「新しいチームに入り、まずは落ち着いて物事を理解するところから始めます。背景にある原因を理解し、チームを尊重し、級に事を荒立てるようなことはしません。チームとしての信頼を得てから、私の経験から来る新しい観点をシェアして行きたいと考えています」ということだ。


編集後記

さて、自分、以前に中国に駐在していた際に、中国の「自動車リースマーケット」をプロジェクトとして調べたことがあります。中国の法律には、「ファイナンシャルリース」に関する法律と、「オペレーションリース」に関する法律、更に「タクシー業法」の3種類がありました。この中で自動車リースについて直接的に規定している法律はありません。全ての法律の狭間に入っているため、バラバラな当局のさじ加減で合法にもなるし違法にもなるという非常にリスクが高い分野でした。

メガ企業が目をつけるタクシーやハイヤー業務

メガ企業が目をつけるタクシーやハイヤー業務

その頃、急激に当確を表していたのが神州リース。正にプロジェクト実施している最中にLenovoからの巨額の投資の受け入れを発表。その資金を元手に、全国キャンペーンを展開、リース料も大幅に下げ、シェアを取りに行く戦い方をとっていました。当時の市場の帝王は、首汽リースという会社で、彼らは政府筋にアウディやベンツなどの高級車をリースするという美味しくも堅実な商売を実施していたことを覚えています。正確なデータを見た訳ではありませんが、その当時と現在の市場は大きく変化してきていると思います。神州がトップになったと記事の中にはありますが、それが一つの大きな変化です。

更に、当時は想像もしませんでしたが、この記事の主役である滴滴や快的など、モバイルアプリ系企業の参入が加速していることは特筆に値します。そして、それらの背後には、この市場の潜在力に目をつけたテンセント(QQ, wechat)、アリババ(タオバオ、T-mall)グループの存在があります。中国、いや日本も含めた世界中同じだと思いますが、これは自分の実感も含めて「チャンスはグレーゾンの中にある」ということです。

当時、自分がプロジェクトを実施していた際のクライアントは、日系企業でしたが納得できる背景を持った企業ですし、今思えば、やはり彼らの嗅覚は凄いなと驚きを禁じえません。

さて、柳青新総裁の周囲には、テンセント、アリババ、Lenovo、ハイアールなど多くの中国有力企業と、政府の思惑がひしめいています。いずれにせよ、中国で最も熱いスポットに自ら飛び込んだ女性として、今後注目していきたいと思います。

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