シチズンの中国広州工場閉鎖1,000人解雇の真実:実際はお金による穏便な解決

日中メディアが一斉に報じたリストラ

日経新聞で記事になったので取り上げます。それまでは中国の大手系報道では殆ど取り上げられるニュースではなかったので、ウォッチはしていたのですが、記事にはしませんでした。

シチズン、中国工場1000人一斉解雇の衝撃(日本経済新聞)

シチズンの公式発表

総勢1,043名を抱える広州市にあるシチズンの工場が2月5日に何の事前通告もなく閉鎖、解散、従業員全員解雇をしたという内容です。この件について、2月24日付けでシチズンの公式サイトにより下記のようなリリースが出されました。

西鉄城精密(广州)有限公司の従業員労働契約終止について

この中で「中国法律・法規に基づき、従業員の気持ちにできる限り配慮し、法定を上回る補償を提示し2月12日に全従業員の合意を得ました」と書かれていますが、中国側のメディアから、背景、経緯、その後について実際にどのようであったのかを見ていきましょう。日経新聞のニュースであっても、現地メディアはどう伝えるかは分かりませんし、シングルソースです。これが、裏を取るということです。ではまずは事件発生直後の事実とその「適法性」から。

現地メディアの報道

これに対して現地のメディアによる報道内容は下記のようなものです。

真相暴露、シチズン精密の電撃閉鎖(大河網)

2015年2月5日の午後、著名な時計メーカーである日本のシチズングループの中国における重要な生産基地、「西鉄城精密(広州)有限公司(以下:シチズン広州)」が精算を発表し解散。全従業員の労働契約が解除されることが突然に通知された。この「電撃」解散、シチズンは「事前に通知していたら従業員の情緒と生産に影響を与えることを考慮した」と言う。広州市の花都区の人社部門(行政の人事問題を担当する部門)は既に事件に介入しているそうだ。

「2月4日の午前中はラインにて正常に仕事をしていました。5日なって突然に閉鎖、精算の通知が発表されました」、湖南省出身の従業員が記者に言った。突然の解雇に際して、1,000人を越える従業員は何をすれば良いのか分からない状態だ。一部の従業員は会社の工会(労働組合のようなもの)の主席に詰め寄ったが、得られた答えは「全く何も分かりません」というものだった。

工場前に集まるが入ることができなくなった従業員

工場前に集まるが入ることができなくなった従業員シチズン広州が2月5日に従業員に通知した内容によると、広州市対外貿易経済合作局とは正式な書面を交わしており、この会社の解散については既に批准を受けているとのこと。

突然生産停止、解散をした原因について、シチズングループの中国における雇用を支援していた企業によると、「突然の解散通知が出された原因は、シチズングループの海外生産体制の調整で、生産能力と効率を引き上げる活動の一環だと思われます。事前に通知をしなかったのは、従業員の心理に対する負の影響により、正常なライン業務を維持できないと考えたため、このタイミングでの発表となったと考えられる」、とのこと。

広州市花都区人社局の責任者曰く、シチズン広州は2015年1月に、既に解散と精算の意向を広州市の人社部門に届け出ていた。「労働合同法(労働契約法)」の第44条第5項の規定では、「営業許可証に基いて人を用いる機関は、解散、徴用取り消し、採用については解散前に決議をすることで労働契約の終了とする」とある。労働契約の終了と、契約の事前解除とは同じ概念ではない。労働契約の終了については、企業が従業員に経済的な補償金を支払うことで完了する(要するに違法ではないということ)。

労働哲学と労働文化研究所の研究員である王松江氏はシチズンの「電撃解雇」について、「シチズンが解雇について当局の労働部門にのみ報告していたことは法律的に十分ではありません。「労働契約法」の第4条第41条によると、従業員の利益に関する重大な事項については工会もしくは従業員代表と協議することや、20人以上の解雇については1ヶ月前に工会もしくは全従業員に対して事前に通知しなければならないとされています(要するに違法性がある)」と指摘する。

継続雇用が先か、報酬パッケージが先か

一番最後の部分が非常に面白いところです。2人の専門家の意見が異なっています。最初に出てきた広州市花都区人社部門の関係者は、ある意味シチズンからの解散申し出を受諾した「当事者」です。彼らは今回のやり方は、従業員に経済的補償を与えることで「違法性は無い」としています。しかし、後者の労働関係の専門家の意見では、20名以上の解雇については事前通知の必要があり、「違法性がある」としています。この2人の論拠はどちらも「中国労働契約法」です。法律は前例と解釈の世界ですが、議論を巻き起こしているようです。

では、その「従業員の気持ちにできる限り配慮」したという、補償金の金額はどうだったのでしょうか?

危険性に配慮しつつ”N+2”のパッケージに同意

シチズンの電撃解散、補償金は1ヶ月分多く支払いに同意(羊城晩報)

(事件の発生経緯は省略)羊城晩報はシチズンから2月10日の午後に1通の説明文書を受け取った。この文書にはシチズングループとシチズン精密株式会社の連名での署名がなされていた。この文書の中で、解散と労働契約の終了は「即刻通知型」を採択し、「主に従業員自身の安全を考慮したため」と説明がされている。

更に、「当企業には多くの従業員がおり、かつ電力設備も多い。また一部の生産現場では化学薬品も使用している。仮に従業員が工場内に長時間留まり、かつ情緒不安定になった場合、工場をコントロールできない状態に陥る可能性がある。正常な生産を行うためだけでなはく、従業員自身の安全に最大限に配慮した結果である」としている。

治安部隊とのにらみ合い

治安部隊とのにらみ合い

集団争議を経てより多くの補償金の支払いに同意

その後、従業員と企業は集団争議を実施。従業員の話によると、シチズンは先にN+1方式の補償金支払いを提案。集団争議の後、企業側はN+2方式の支払いに同意。結果的に1ヶ月分の給与を多く支払うこととなった

シチズンが事前に提案した補償条件は、全ての従業員は経済補償金に加えて1ヶ月分の給料を受け取ることができる、というものだ。経済補償金は年度ベースで計算される。3年働いてきた従業員を例に挙げると、彼の補償金は3ヶ月分となる。それに加えて1ヶ月の給与が割増し支給されるということだ。

新しい補償方式では、シチズンの説明によると、「以前の補償方式に加えて人間的な補助を加えたもの。新方式は法律・規則に基づいたもので、かつ人間性を担保する処理方式だ」。

シチズンの説明では、2月10日に至るまでに、1,041名の従業員の内、約1,000人が既に労働契約の終了について確認するサインをしたと言う。補償金は2月10日から支給が開始され、全ての従業員に対する補償金の支払いは2月13日を持って完了する、とのこと。

記者の理解では、一部の従業歴が比較的長い従業員について、補償金の基数などについて企業側と物別れがあり、現在も協議が続いているとのこと。

シチズン広州の解散は日本企業の中国からの投資引き上げを意味するという話が出ていることに対し、シチズンは2月10日に、「一部の報道でシチズンが中国から時計の生産と販売から撤退するという話が流れているが、シチズンは中国での生産と販売について非常に重要視している」と回答した。

(事前通知の必要性について省略)

類似の状況ではコミュニケーションを強める必要有り

花都区の当局の話では、シチズングループ日本本社の「構造改革」がグローバル戦略での縮小・調整を要求した結果、シチズン広州の董事会はグループの決定にもとづき、解散を決めたと言う。

広州における外資企業と国内企業との解散プロセスは異なる。外資企業は董事会で解散決議を行い、その後に当局の主管部門(広州商務委員会もしくは対外貿易局)へ申請をする。

広州市商務委員会(元の対外貿易局)の関連部門の責任者が羊城晩報に語ったところによると、当局はシチズンの企業の状況について注目しており、政策・規則に基いて、シチズン広州の解散申請を、花都区経済貿易局として批准をした。具体的な状況については花都区経済貿易局に聞いて欲しい、とのこと。

広州市の人社部門の責任者曰く、今後似たような状況が発生した場合、コミュニケーションと連携を強化する。「企業と従業員の間のコミュニケーション、次に政府当局の間でのコミュニケーション、更に政府と企業の間でのコミュニケーション、この3つを強化する」ことで、二度とこのような状況が発生しないように務めると言う。

勤続年数によって違いはあれど、3年間働いた従業員の場合、5ヶ月分の給料を補償金としてもらうことができるということです。通常のシチズンの規定では4カ月分だったところに1ヶ月分上乗せして、「気持ちに配慮した」というところでしょう。その後、特に暴動などが起こっていないことからも、お金で穏便に解決をしたということが分かります。では、シチズンがなぜ今回撤退をしたのかについて、中国国内でのシチズンの影響力も踏まえて見てみましょう。

シチズン広州解散の背景(毎日経済新聞)

中国国内の時計の生産量は前年比マイナス20%

シチズン広州は元の名を広州市偉合精密電子有限公司と言い、シチズングループが中国で建設した重要な生産基地であった。実は深センにある別の工場にでも、かつて報酬を巡る問題から生産停止に追い込まれる問題が発生していた。

シチズンのマネジメントは中国国内の市場に追いついていませんでした。中国の産業構造が変わった後で、シチズンは最適なマネジメント方法を確立することができていませんでした」と、中国贅沢品教会会長の蔡蘇建氏は、毎日経済新聞の記者によるインタビュー時に答えた。

広東省の時計業界副秘書長である王芳によれば、シチズン時計が中国に進出してから比較的長い時間が経ち、依然としてファッション性については欠けているものの、ブランド認知度は非常に高い。「シチズン製品を代理したいと思う人はとても多かったのですが、今回このような問題が起こり、どうしようもなくなってしまいました」。

彼はまた、技術面について、シチズンの時計はスイスの時計のレベルには達しておらず、ファッション面についても製品ライフサイクルが非常に長い。更に、シャネルなど時計を専門としていない企業よりもブランド力が低く、ここ数年国内における時計業界が非常に不景気に陥っていることお追い打ちをかけている、とのこと。「大打撃を受けたシチズンは、生産構造調整と、労務費削減を狙い、東南アジアに生産拠点を打ちしています。」

2014年1月〜11月にかけて中国海関(税関)の統計によると、同期間中国から輸出された時計は前年同期比でマイナス6.4%、輸入についても9.5%のマイナスとなっている。

編集後記

ポイントは、「中国の市場にあったマネジメントに追いついていなかった」というところです。以前、2012年9月の反日運動が盛りがった際に、広州地区において襲撃された工場とそうでない工場とに明暗がくっきりと分かれたという話を現地の方から聞いたことがあります。中国における工場管理は、やり方によっては非常に円滑に行くこともあれば、鬼のような反動を食らうこともあります。後者が多いことは事実ですが。

また、中国の時計市場自体もあまり調子が良くないというのも事実ですね。スマートフォンを持つ時代になって、日常的に時計を着ける機会がかなり減ったということでしょう。いずれにせよ、日本で報道されている内容と、現地で報道されている内容、それぞれ同じ部分もあれば違う部分もあります。互いに強調するポイントも異なります。日本の報道ではお金で穏便に解決している側面があまり伝えられておらず、大混乱が起こったかのように伝えられています。現地のメディアの情報から裏をとることは、日本人にはあまり馴染みがないかもしれませんが、このサイトで引き続き、現地の目線での記事を読んでいただければと思っています。

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